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売るに売れないケース無しCD 全タイトル

前々記事“断捨離『CD編』”の資料ページ。

 さて、こちらは最後に“断捨離対象”になったけど、最初に保存版と決めてプラケースを捨ててしまい行き場を失ったCD達。中途半端に37タイトル。


【YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)】
◇ YMO リミキシーズ テクノポリス2000-00(リミックス盤)
◇ YMO リミキシーズ テクノポリス2000-01(リミックス盤)

【ヤモ】
◇ タイム・パイ

【デペッシュ・モード】
◇ ニュー・ライフ
◇ サウンズ・オブ・ザ・ユニバース
◇ ストレンジ・ラヴ(ロングバージョンのミニアルバム)
◇ ソングス・オブ・フェイス・アンド・デボーション
◇ ウルトラ
◇ エキサイター
◇ プレイング・ジ・エンジェル
◇ フォー・ザ・マースィズ 〜デペッシュ・モード・トリビュート〜

【U2】
◇ ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム(2枚組)
◇ オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド
◇ ズーロッパ
◇ ポップ
◇ ザ・ベスト・オブU2
◇ アクトン・ベイビー
◇ 魂の叫び(Rattle and Hum)

【アダム・クレイトン&ラリー・ミューレン】
◇ ミッション・インポッシブルのテーマ

【ウルトラヴォックス】
◇ システム・オブ・ロマンス
◇ ザ・コレクション
◇ ライヴ・イン・イタリー
◇ エクステンデッド・ウルトラヴォックス

【ミッジ・ユーロ】
◇ アンサーズ・トゥ・ナッシング
◇ ピュア
◇ ブリーズ

【デュラン・デュラン】
◇ ストレンジ・ビヘイヴァー(2枚組)
※DURAN 2 は最初に全て保存版にしていたんだけど、9タイトルのプラケースが何故か残っていて“無事”BOOK OFF行き。

【スクリッティ・ポリッティ】
◇ アノミー&ボノミー

【ハワード・ジョーンズ】
◇ イン・ザ・ランニング
◇ エンジェルズ&ラヴァーズ

【デヴィッド・シルヴィアン】
◇ デッド・ビーズ・オン・ア・ケイク
◇ ゴーン・トゥ・アース

【JBK】
◇ _ISM

【ドルフィン・ブラザーズ】
◇ キャッチ・ザ・フォール

【スティーブ・ジャンセン&リチャード・バービエリ】
◇ ストーン・トゥ・フレッシュ

【ミック・カーン】
◇ ベスチャル・クラスター

【ガーベイジ】
◇ バージョン2.0

【スウィングアウト・シスター】
◇ イッツ・ベター・トゥ・トラヴェル


 さて、どうしたもんか…。


→【マイ・フェイヴァリットCD 全タイトル】(2015.8現在)
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マイ・フェイヴァリットCD 全タイトル

前記事“断捨離『CD編』”の資料ページ。

 今回(2015.8)の断捨離の結果、処分せず残したCD全90タイトル。それなりに好きなアーティスト作品でも処分したものが結構あるんだけど、できるだけ枚数を減らすために最終的に決めた保存盤の条件は…

 (概ね)全曲好きで、今でもなんだかグッと来るアルバム

 結果的に残ったのは、当時「擦り切れるほど聴いた」ものが多いので、曲が良い、好み、ということの他に、当時の思い出や雰囲気を感じる刷り込み効果が多分にある気がする…。


【YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)】
◇ イエロー・マジック・オーケストラ(日本版)
◇ イエロー・マジック・オーケストラ(米国編集盤)
◇ ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー
◇ 公的抑圧(パブリック・プレッシャー)
◇ X∞増殖
◇ BGM
◇ テクノデリック
◇ サーヴィス
◇ コンプリート・サーヴィス(2枚組)
◇ テクノドン
◇ テクノドン・リミックス
◇ ライヴ・アット・紀伊国屋ホール1978
◇ ライヴ・アット・武道館1980
◇ フェイカー・ホリック(2枚組)
◇ YMO GO HOME(2枚組)
◇ UC YMO(2枚組)
◇ ハイ・テック/ノー・クライム(リミックス盤)
◇ YMO vs ザ・ヒューマン・リーグ(リミックス盤)

【コズミック・ヴィレッジ】
◇ ナイス・エイジ(YMOリミックス盤)

【坂本龍一】
◇ 千のナイフ
◇ B-2 UNIT
◇ 音楽図鑑完全盤

【高橋幸宏】
◇ サラヴァ
◇ 音楽殺人
◇ ニウロマンティック
◇ ホワット・ミー・ウォーリー? ぼく、だいじょうぶ?

【サディスティック・ミカ・バンド】
◇ ホット・メニュー!
◇ 黒船

【クラフトワーク】
◇ アウトバーン
◇ 放射能(Radio Activity)
◇ ヨーロッパ急行(Trans Europe Express)
◇ 人間解体(Man Machine)
◇ コンピュータ・ワールド
◇ エレクトリック・カフェ
◇ THE MIX
◇ エキスポ2000
◇ ツール・ド・フランス・サウンド・トラック
◇ ミニマム・マキシマム
◇ トリビュート・トゥ・クラフトワーク

【デペッシュ・モード】
◇ ア・ブロークン・ファーム
◇ コントラクション・タイム・アゲイン
◇ サム・グレート・リウォード
◇ ブラック・セレブレーション
◇ ミュージック・フォー・ザ・マッセーズ
◇ デペッシュ・モード101〜ライヴ・イン・パサディナ〜(2枚組)
◇ ヴァイオレーター

【ウルトラヴォックス】
◇ ヴィエナ
◇ エデンの嵐(Rage In Eden)
◇ カルテット
◇ ラメント
◇ U-VOX
◇ オール・ストード・スティル・イン・福岡(ブート盤)
◇ プライヴェート・ライヴス・イン・東京(ブート盤)
◇ ワン・スモール・デイ・イン・ロンドン(ブート盤)

【ミッジ・ユーロ&ウルトラヴォックス】
◇ イフ・アイ・ワズ:ヴェリー・ベスト・オブ・ミッジ・ユーロ&ウルトラヴォックス

【ティアーズ・フォー・フィアーズ】
◇ ザ・ハーティング
◇ シャウト(Songs From The Big Chair)
◇ シーズ・オブ・ラヴ

【JAPAN】
◇ アッセンブラージュ
◇ クワイエット・ライフ
◇ 孤独な影(Gentlemen Take Polaroids)
◇ 錻力の太鼓(Tin Drum)
◇ オイル・オン・キャンヴァス

【U2】
◇ WAR〜闘〜
◇ 焔(The Unforgettable Fire)
◇ ヨシュア・トゥリー

【ニック・カーショウ】
◇ ヒューマン・レーシング
◇ ザ・リドル
◇ レディオ・ミュジコーラ
◇ ザ・ワークス
◇ ザ・コレクション

【ハワード・ジョーンズ】
◇ かくれんぼ(Humans Lib)
◇ ドリーム・イントゥ・アクション
◇ ワン・トゥ・ワン
◇ クロス・ザット・ライン
◇ ライヴ・アコースティック・アメリカ
◇ メタモファシス

【Yazoo(Yaz)】
◇ オンリー・ユー(Upstairs at Eric's)

【デュラン・デュラン】
◇ リオ
◇ デュラン・デュラン(ザ・ウェディング・アルバム)

【ザ・パワー・ステーション】
◇ ザ・パワー・ステーション

【カジャグーグー】
◇ 君はトゥー・シャイ(White Feathers)

【ロキシー・ミュージック】
◇ アヴァロン

【シンプル・マインズ】
◇ スパークル・イン・ザ・レイン

【ピーター・ガブリエル】
◇ So

【ドナルド・フェイゲン】
◇ ザ・ナイトフライ

【トーマス・ドルビー】
◇ 地平球(The Flat Earth)

【スクリッティ・ポリッティ】
◇ キューピッド&サイケ85

【ジャミロクワイ】
◇ トラヴェリング・ウィズアウト・ムービング 〜ジャミロクワイと旅に出よう〜

【MARRS(マーズ)】
◇ パンプ・アップ・ザ・ヴォリューム


 さて、下記の面々を処分しカジャグーグーを残すのか〜!と、自分へ突っ込んだり…。

 ちなみに残した上記のアーティストのうち、U2、デペッシュ・モード、ハワード・ジョーンズ、シンプル・マインズ、デュラン・デュラン、高橋幸宏…辺りは、一時大好きだったせいでその後惰性で買っていた時期も長く、結局処分した枚数の方が圧倒的に多い。

 そして以下は、複数枚持っていたけど1枚も残さず処分したアーティスト。
a-ha、ABC、バックストリート・ボーイズ、バナナラマ、ザ・ビートルズ、ベル・ビヴ・ディヴォー、ビッグ・カントリー、ブラック、ブロンスキー・ビート、ブロス、ブライアン・フェリー、ボン・ジョヴィ、ザ・カーディガンズ、ザ・カーズ、ザ・ケミカル・ブラザーズ、カルチャー・クラブ、ザ・コミュナーズ、キュリオシティ・キルド・ザ・キャット、デビッド・ボウイ、デビッド・シルヴィアン、デッド・オア・アライヴ、エレクトロニック、ユーリズ・ミックス、エヴリシング・バット・ザ・ガール、フランキー・ゴーズ・トゥー・ハリウッド、ガーベイジ、ジョージ・マイケル、ホリー・ジョンソン、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース、ヒューマン・リーグ、インフォメーション・ソサイアティー、INXS、THE KLF、カイリー・ミノーグ、レッド・ツェッペリン、レヴェル42、リンプ・ビズキット、リンキン・パーク、リヴィング・イン・ア・ボックス、ロンドン・ビート、M.C.ハマー、ミック・カーン、ミッジ・ユーロ、ザ・モンキーズ(←LP残し前提)、Mr.ミスター、ポール・ヤング、ペット・ショップ・ボーイズ、リック・アストリー、ライト・セッド・フレッド、ロビー・ネヴィル、ロバート・パーマー、Run-DMC、シンプリー・レッド、スケッチ・ショウ、スパンダー・バレエ、スパイス・ガールズ、スティング、スタイル・カウンシル、スウィング・アウト・シスター、テイ・トウワ、トンプソン・ツインズ、アンダー・ワールド、ワン・チャン、ワム、オフコース、土屋昌巳、電気グルーヴ、808ステイト

 更に1枚しか持ってなくて処分したのは数知れず…。
 いずれにしても上記を見れば明らかな様に、YMO系とクラフトワーク以外は(それだけで大半だけど)、残したのも処分したのも80〜90年代半ばの英国系ポップ、テクノが中心。…って言うか、2000年以降にメジャー・デビューしたアーティストでCDを買ったのは、リンキンくらいかも…(1stアルバムがギリギリ'00年発売)。

 ちなみに、友人・知人のジャズ・アルバムが全部で10枚ほどあるけど、主旨と違うので割愛(勿論、楽曲好きだから保存盤)。


→【売るに売れないケース無しCD 全タイトル】(2015.8現在)
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断捨離『CD編』。

 ほんの10〜15年くらい前までは僕の部屋は(比較的整理はされていたものの)モノで溢れていた。例えば漫画の単行本や定期購読の雑誌、古くはカセットテープ、アナログ盤レコードやVHSテープの様な少しずつ確実に溜まっていくモノや、押入れの奥で何年も眠り続ける微妙に踏ん切りが付かず捨てられないモノ。あと概ね読み返すことはない新刊本や文庫本。それと食玩やプラモ、鉄道模型やミニカーなんかのオモチャ類。
 たまの引越しや趣味が変わったりで時々一気に処分するんだけど、その隙間を埋める様にまた別のモノが溜まり始める。買っては捨て…の繰り返し。漫画の単行本なんて一度数百冊を全部処分した後にまたジワジワと増え、つい4年ほど前に約2百冊を再び処分したばかり…。
 ずっとそんな感じだったのが、10年くらい前(40歳前後)からようやくお金の使い方がモノからコトへと変わってきて、以前と比べれば随分物欲が減って余計なモノを買わなくなったし(何かちょっと欲しくなっても、どうせ後で捨てるのか…と思うと)、モノを沢山持っていること自体に嫌気が差してきて処分の方も少しずつ進め、今では随分部屋がすっきりした。もう少しで無駄と思えるモノは全て排除できそう。

 で、今回、最大の難関だった“音楽CD”を、ついに断捨離した。…と言っても、90タイトルだけ残すことにしたんだけど。

 10年くらい前まで640〜650枚ほどあったCD。ただ、ジャケ買いや流行りで買ったものの、その後ほぼ聞いてないのも結構あって、数年前からそういうのを中心にiTunesに(ほとんどAACだったので)Appleロスレスで再取り込みしてから処分していた。それが300枚ほどまで減らしたところでHDDの容量が無くなったのと、枚数が減るに連れて愛着度が高くなるので選別が面倒になり、この2年くらい作業が止まっていて…。

 実はこの10年ほど普段音楽を聴かなくなっていたので、雑誌やマンガと違って一応音源はiTunesに残すし、最悪バックアップも含めて飛んでしまっても、今時1曲単位で簡単に手に入るし(音楽はiTunesでしか再生しないのでCDクオリティは不要といえば不要)、CDの紙ジャケがそんなに愛おしいかと言うと…?。やっぱり1枚残らず捨てても良いんじゃ無いかとも思った。断捨離の本質的に。ただ、25年以上も買い集めて来たことや、本当に好きなアーティストやアルバムは中々吹っ切れず、フェイバレット盤だけは…と。

 それにしてもいざ処分するとなると、選択の基準に悩んだ。1〜2曲だけ今でも気に入っているアルバムや、ファンとは言えないけど割と好きな大御所の名盤やベスト盤なんかを残すと、枚数が全然減らない。結局基準を『ほぼ全曲好きで、今でもなんだかグッと来るアルバム』に変更した。
 するとそのほとんどが、お金が無くてLPやCDを簡単には買えなかった、一番音楽にハマっていた頃に聴いた作品に集中した。'80年代+αの10数年間。いわゆる“80's”モノがメイン。
 しかし、その後少し好みが広がったにしても、基本的に僕の“音楽耳”はこの時期で止まったんだなぁ〜と、今回自分で選んだCDを再聴しながら改めて。いや、知ってたけど。

 ここ数年の音楽の好みは、ジャズ・ライヴだったりクラシックのピアノ曲だったり、とにかく“生音”や“生演奏”が中心で、ヒットチャートで流れる“最新の作られた音”を聴いてもほとんど何も感じなくなった。YMOやクラフトワーク、ニュー・ロマンティクス系の古い電子音は、未だにグッと来るって言うのに。極稀にちょっと良いなぁ〜と思うヒット曲があっても、どこか'80〜'90年代初めの雰囲気があったりする。まぁ、歳を喰った証拠か…。
(ちなみに少し前にちょっと気に入ったのはコレ↓)


 で、作業をコンプリートさせる段階で少し後悔が…。
 実は最初に自分の中で普遍的だと思うアーティストのCDは全部残すと決め、さっさとプラケース(背/裏面の紙ジャケを挟んだまま)を捨ててファイリングしたんだけど、枚数減らしを進めていく中でこの中からも処分相当盤が結構出てきた。いや、最初に盲目的に決めずに考えるべきだった。それらは最初から保存盤では無かった筈。
 好きな(好きだった)アーティストでも惰性で新譜を買っていた時期のモノだったり、今聴くと当時ほどの思い入れを感じられ無かったり…と、合わせて37タイトル。これ等はプラケースが無くいからBOOK OFF行きは不可能。つまり“処分=捨てる”となり、それはそれでなんか勿体なくて…。保存スペース的はファイル1冊だから特別邪魔にはならないんだけど、なんか“二軍”感満載のCDファイルが…。


 ところで、実はアナログ盤LPが四半世紀以上実家に置きっ放しだったりする。先月お盆で帰省したときに数えてみたら約70枚あった。レコード店の売り場面積の半分以上がCDに移行する頃まで買っていたもの。
 ちなみに人生で一番最初に自分で買ったLPは、映画版『銀河鉄道999』のサントラ。音楽にハマり掛ける中学一年の頃('79年)に買った。勿論まだある。最初はLPなんて早々買えず、たまたま当時TVで再放送していて好きになり、たまたま家にLPがあったザ・モンキーズを聴いていた(LPの話は、また別の機会に)。
 で、アナログ盤は基本的に処分せず、いずれインテリアとして飾ろうとか思ってたりするんだけど、半分以上はCDとタイトルが被ってる(大半をCDで買い直したつもりでいたんだけど、LPしか無いのが結構あって驚いた)。同じ音源をCDとLPで両方持つ意味って何かあるんだろうか?(現状レコード・プレーヤーはウチに無いけど)。小さなパンフ的冊子みたいなCDジャケットには一辺30cmの厚紙ジャケットの存在感は全く無いから、CDクオリティの音源を持つ意味合いになるんだけど…(それはLPが有ろうと無かろうと同じか)。仮にLPと被っているCDのみ処分するとしたら、それはそれで“断捨離”の中途半端感があるし…。
 久しぶりにLPジャケットを見て、こんなにデカいのを学校に持って行って友達同士で貸し借りしてたんだよなぁ〜なんて思い出しながら、やっぱりCDは要らないのかな…なんて、また迷い始めて。

 って言うか、LPは持っておくのか?オレ。
保存盤CDファイルケース
→【マイ・フェイヴァリットCD 全タイトル】(2015.8現在)
→【売るに売れないケース無しCD 全タイトル】(2015.8現在)
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7月のもてぎライパの話。

 随分前に途中まで書いて、ちょっとボヤき過ぎたかな?…と放置していたんだけど、やっぱり書き上げておこうと思い…。

 ここ何年かは海の日に開催される『もてぎライパ』で今年も走って来た。サーキット走行自体は5月末に参加した『袖ヶ浦マル耐』に続き、今年2回目。
 もてぎライパは今年で何度目の参加だろう? もう6〜7回くらいかな? それ以前の10数年間は那須サーキット(1周1.4kmほど)と言う小さなコースばかりで(他に2〜3回筑波は走ったけど)、直線も短いしコース幅も狭いところで大したスピードも出なかったから、初めて広大な“ツインリンクもてぎ”を走るときは相当ドキドキしていた(もっとも那須を初めて走ったときは初サーキットだったから、最初の頃はドキドキじゃなくバクバクだったけど)。
 それが今やすっかり緊張感なんて全く無くてダラダラ。少なくともフリー走行になるまで心拍数が上がることはない。それでも走り始めればブレーキング時は相変わらず恐怖心との戦いだし、タイムはずっと伸び悩みだけど(って言うか落ちてるけど)、ライパ自体のお祭り的な緩い雰囲気もあり、年に1度のピクニックをみんなで楽しむ感覚。
1500720もてぎライパ1
 ただ、今回のライパは走行枠が以前より1回減った上に(完熟走行2回は同じだけどフリー走行が1日5回→4回に)、1回目のフリー走行時、いきなり1周目に転倒者が出て赤旗で走行中止。更に走行枠が1回減ったことを最初認識していなくてランチで1回をパスしたこともあり(自分のせいだけど、去年までの慣習で)、結局きちんと走れたフリー走行はたったの2回。多分合計10周程。試乗を申し込んでおいたYAMAHA R-1Mにも結局乗れず終いで、だいぶ不満の残る今回のもてぎライパだった。
 サーキットだから転倒者が出るのも仕方ないし(それについては他人のことを言えない)、サーキット占有費も高いんだろうけど、それにしても去年までは若干時間は押し気味ではあったけど、なんとかフリー走行を1日5回走れてた訳で…。参加台数は増えて(以前は確か200台で満員と言っていたのが、今回は240台)走行時間が減ったにも関わらず料金(3.5万円)は据え置きのまま…。
 そう言えば数年前までは、毎回必ず全員にロゴ入りのTシャツやタオルが貰えたし(また欲しいという意味では無く)、サーキット内の飲料自動販売機は時間内無料で飲み放題だった(今は一人ペットボトル2本までなら無料)。長年続いたケータリングのランチが、今回からサーキット内のレストランで用意した2種類のメニューから選べる様になったのは良いとしても(味はそれなりだけど以前よりは…)、なんだかなぁ〜という印象。
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 サーキット・ライセンス無しで自由に“もてぎ”を走れる走行会はそう無いし、きっちり先導車付き完熟走行があるのも素人が大半だから良い点だし(故にいろんなレベルの仲間が一緒に参加できる)、毎回魅力的な試乗車も何種類か用意されたり、勿論ネモケンさんのタンデム体験も然りで、ライパならではの良さがあって参加しているのだけど、以前を知っているだけにコストパフォーマンスについてはもう少しなんとかならないかなぁ〜と思ってしまう。
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 さて、ぼやきを一通り書いたところで走りの方なんだけど、去年と違い2ヶ月ほど前にマル耐でサーキットを1度走っていたとは言え、やはりもてぎを年に1度(しかも今回は10周ほど)走るだけじゃ、早々簡単に上達する訳も無く…。
 ただ、前回のマル耐でブレーキング時の身体の“姿勢”に自分でしっくり来なかったので、以前は出来ていた(筈の)ブレーキング時に外足だけで身体を支えてハンドルに余計な入力をしない…という基本を、今回意識して治してみた。そしてその感覚を少し思い出して来たところで、数年前にロッシが始めて今ではすっかり定着した“内足をぶら下げる”姿勢を見様見真似でやってみたんだけど、これが意外な発見があって面白かった。
 何かと言うと、内足を宙に浮かすことで上半身を支えるのは外足だけになる…という状況が強制的に作られる点。外足でガッチリ身体をホールドしているが故に内足を外せる(勿論そうなんだけど)…という風に思っていたので、内足を外す意味が今ひとつ解らなかったし、自分で体感するまで逆の発想を全く想像出来なかった。鶏と卵みたいだけど。
 そう言えばロッシが何かのインタビュー記事で、「内足がバイクに余計な入力をしない様にしているんだ」という風な感じで答えていたけど、それがこう言う意味なのかもしれない(勿論、全然違うかもしれない)。
 もっとも、左コーナーのブレーキング時はシフトダウンでイン側の足を使うので、足を外すタイミングが解らなかったり(そもそもシフトダウンのやり方を僕が間違っている可能性もある)、やっぱりまだ内足を外すことに慣れていなくて簡単に何度も試せなかったけど、何にしても今までとちょっと違う感覚を味わえて新鮮だった。

 …と、もてぎのスピードレンジに少し馴染み始めた頃に、今回は走行時間が終わってしまった。ライパの雰囲気は緩くて好きだけど、高いは走れないは…となると困りモノだ。上手くなるには沢山走るしか無い訳だけどそこまでストイックじゃ無いから、レベル的にはライパくらいが丁度良いんだけどなぁ…。

↓当日友人が真後ろから撮ってくれた。コースイン1周目は追い越し禁止でコース下見的にゆっくり走る…ので直前に居るのが僕。フリーになった2周目、3コーナー辺りから離れてしまうんだけど、映像は一応2周目が終わるところまで。


 今年はサーキットを走り初めてから20年目の年で、最初に作った革ツナギを今でも着ているのは驚きだけど、それより、ビビりでド下手だった自分が20年も(実際は年2〜3回走るくらいだけど)サーキットを走ることを止めてないことや、だいぶマシになったと思いつつも相変わらず怖がりながら走ってるなんて、昔は全く想像していなかった。多分、僕レベルがそこそこ上手くなるくらいではビビりは一生消えないんだろう。それでもずっとサーキットを走り続けたい気持ちが変わらないのは、やっぱり僕はバイクがちょっと好きなんだなぁ〜と、しみじみ。

 次回のサーキットは11月の“マル耐”(の予定)。
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※「ちょっと好き」と言うのは、そもそも多趣味なので…(苦笑)
我が名はバイク乗り。 | permalink | comments(4) | trackbacks(0)

喜寿。

 ちょっと前、先月30日の話。

 7年前、両親の古希の祝いということで、当時まだ独身だった弟と離婚したての僕との家族4人で、お台場のホテル日航東京で記念撮影と食事をしたことがあった。それが何年前だったかはすっかり忘れていたんだけど。先月お盆に帰省したときにそんな話も出なかったし。
 帰省から戻って何日かしてから弟からメールが来た。「ホテル日航東京が9月一杯で営業終了するらしいんで、その前に一度みんなで行きたいんだけど、来ない?」と。なんか日航東京が無くなってしまうのがちょっと寂しいと言うのだ。ホテルは10月から“ヒルトン東京お台場”になるらしい。ちなみにこのときもまだ“喜寿”の話は出ていない。
 なんで弟がそんなにホテル日航東京に思い入れがあるのか不思議だったんだけど、どうやら会社の海外出張で貯めているJALのマイルが使えるので、時々食事なんかに来ていたらしい。勿論僕は7年前に一度行ったっきり。
 まぁ兎に角、親父と弟夫婦と生まれたばかりの姪っ子達は一緒に食事&宿泊をして、ついでにまた家族写真を撮ると言うんで、我が夫婦も記念撮影と食事だけ参加することにした。このときもまだ、僕は親父の“喜寿”には気付いていない。

 前回は食事の前にたまたま少し時間が空き、急に思い付きで記念撮影することなったんだけど、今回は前もって写真スタジオも予約したので、待ち時間もほとんどなくスムーズに事は進行した。
 撮影直前スタジオの女性に「ご家族で何かの記念ですか?」と聞かれたので、僕は「なんか、ホテル日航東京終了記念みたいです」と冗談交じりに返し、スタッフ側の作り笑顔を若干微妙な感じにしたんだけど、一瞬間をおいて弟が「まっ、今月は親父の喜寿の祝いでもあるんだけどね」とサラリと。そこで初めて知った。えっ?あっ、そうだっけ。今年は2015年。親父は1938年8月生まれ…で引くと。

 まぁ、そんな訳で、7年前から3人増えて1人減った同じ苗字の家族写真を無事撮影した。
ホテル日航東京/喜寿記念撮影1
ホテル日航東京/喜寿記念撮影2
 撮影後、7年前と同じ和食の店に移動。「さくら」という店。今回は人数も少し多いし赤ちゃんも居るので、弟は個室を予約していた。久しぶりに贅沢な雰囲気を味わった。
ホテル日航東京/喜寿お祝い食事1
 前回は和食も日本酒もよくわからないまま弟と2人でワインを飲んでたけど、この7年間で日本酒に対する舌は相当肥えて、それに合わせて(多分加齢もあり)和食がかなり好きになっていたので、ただ美味しいだけじゃなく心に沁みる。ゆっくりと楽しい家族水入らずの贅沢なお酒と食事になった。…あっ、祝いの席になった。
ホテル日航東京/喜寿お祝い食事2
ホテル日航東京/喜寿お祝い食事3
ホテル日航東京/喜寿お祝い食事4
ホテル日航東京/喜寿お祝い食事5
 個室を予約したからなのか、テーブル横にクーハン(と言うらしい。乳児用のカゴみたいな小さなベッド)が用意されていて、姪っ子はたまに一瞬ぐずるくらいでずっと大人しく寝ていた。約2週間ぶりの再会だったけど、何故かやっぱり可愛い。
ホテル日航東京/喜寿お祝い食事6
ホテル日航東京/喜寿お祝い食事7
 食事の後、その日泊まる弟夫婦と親父の隣同士の部屋の“見学”を兼ねてお邪魔し、少し休憩。部屋に入るなり早々に眠ってしまった喜寿の親父は良いとして、一人部屋で赤ちゃんの世話をする義妹には申し訳ないと思いつつ、弟と僕ら夫婦の3人でお台場のショッピング・モール内のイタリアンへ。喜寿の祝いには参加できなかったお袋の思い出話を肴にワインを1本空け、都内の僕らはゆりかもめの台場駅の改札口で弟に見送られて帰った(その後新橋でもう一杯…のつもりが、日曜夜で店がどこも開いてなくて仕方なく帰った…というのは秘密)。
ホテル日航東京/部屋からの夜景
 翌朝弟から、“ホテルのロビーでドラマの撮影中”とメール。『ホテルコンシェルジュ』というドラマのロケ場所だったらしい。へぇ〜、知らないけど「姉さん事件です」。
雑記とか。 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

ルノー・トゥインゴ(初代)が好き。

 実は一度も乗ったことが無いんだけど、2年ほど前から我が家の次期愛車の最有力候補。勿論購入予定は未定。この記事カテゴリーの名前は『持てないけど車が好き』…だ。先日ルノーの新しいルーテシアに試乗したんだけど、それにちょっと刺激されてトゥインゴのことを書きたくなり…。

 とりたてて車の必要性は無い我が家で次期愛車の話が出始めたのは、数年前から夫婦の間で盛り上がり始めた北海道への移住話がきっかけだった(十勝視察旅行)。で、もし北海道に暮らすなら車は必需品だよねぇ〜と。要するに物欲話なんだけど。
 まぁ、それで、必要で買うんだからとりあえず何でも良い…とは思えないのが僕ら夫婦の悪いところで、二人がこよなく愛するクロモリフレームの自転車機械式腕時計、スナップオンのミラーツール、そしてコッパちゃんの様に、使っていても見ていても嬉しくなる様な車が欲しい。但し、可能な限り安く…と。
 僕らの車の好みは基本的に旧車の部類なんだけど、日常の足にもなり格安で…となると、あまり古い車は難しいので、'90年代頃以降の“チョイ古”欧州小型車辺りが現実的になる。もう少し古い方が魅力的な車は多いのだけど…。

 で、北海道と言えば雪国、雪国と言えば四駆…となるんだけど、欧州コンパクトにはAWD(4WD)車がほとんど無い。パンダ4X4くらい(僕は好きなんだけど…)。多分欧州では、小型車に四駆なんてそもそも不要で車重と価格が上がるだけでムダ…ってな感じなんだろう。小型車の売れ筋は日本と違って大抵最安グレードだし。メーカーもユーザーも合理的だ。確かに、僕も去年、数年ぶりに真冬の北海道を少しFFで走ったけど、最近のスタッドレスならほとんど問題無く走ることができる。
 ただ、雪道を「走れる」か「遊べる」かで考えると、、雪の峠道でAWD車をアクセルでコントロールするのはかなり面白いのも事実で、僕自身が“北の国”でもFFで十分…と割り切れるまで時間が掛かった。勿論嫁にはその視点は全く無いけど。

 あぁ、そう言えば1台だけ、嫁が大いに気に入った欧州製の小型四駆があった。旧ソ連時代から未だにロシアで作ってるラーダ・ニーヴァという車。初代パンダを丸目にして眉毛を付けた様な顔でファニーだし、何十年も変わらないカタチがイイ。
 今はエンジンがフォード製で足回りや細かいところも改良されていて、それならガワは旧車でも中身に信頼性もあるし…なんて思って調べたら、新車が300万円もする。一瞬で膨らんだ期待が消えた。仮に300万円で車を選ぶとしても、ニーヴァには…。

 さて、前置きが長くなったけど、兎に角'90年代以降の欧州FF小型車の中で、僕ら夫婦が“次期愛車”として合意に至ったのが『ルノー・トゥインゴ(初代)』だ。本国フランスでは'93〜'07年まで、14年間もスタイルを変えずに販売されたロングセラー・モデル。コンパクトでファニーな見た目に騙されるけど、内容は合理的で実用性が高く、欧州コンパクト・ハッチの鏡の様な車だ。
 左ハンドルのみ、ミッションが5MTかeasy(イージー)という“AT未満”みたいな2ペダル車しか無かったことや、途中でインポーターが変わったり等も影響して、当時139万円(MT)という輸入車としては破格の安さだったにも関わらず、日本ではあまり売れなかったけど…。
 しかしこのトゥインゴの写真を嫁に見せた瞬間、その『涙目フェイス』に一発で惚れてしまった。

↓多分、嫁の中ではトゥインゴはこんな風に見えてる(発売当時の広告用イラスト)
初代トゥインゴ・広告イラスト

 現在40代半ばより上の車好きなら、初代トゥインゴで思い出すのはホンダの初代トゥデイだと思う。少なくとも僕はトゥインゴの発表当時に、「トゥデイじゃん!」とツッコミを入れた一人だ(もっともルノー自身が、トゥデイをベースに…という話を否定していなかったらしいけど)。
 だから嫁がいきなりトゥインゴを気に入ったのは僕にはちょっと意外だった。てっきり「なんか軽みたい…」とか言うモンだとばかり。でもそれは僕がトゥデイを知ってるから思う訳で、嫁はトゥデイを知らず(涙)、全く先入観無しにトゥインゴの良さ瞬時に感覚的に理解した訳だ。むしろ僕の方がトゥインゴを少し偏見の目で見ていたかも…。
 実際のトゥインゴは、550cc軽規格だったトゥデイよりふた回りは大きく見える。直線基調で平板なトゥデイと丸みのあるトゥインゴとでは実車の印象はかなり違って、同じ“モノスペース・ボディ”でもトゥインゴの方がずっと膨よかで愛嬌がある。
ルノー・トゥインゴ(2002)
(画像出典:NewCarShow.com

 と言っても、現代の目線で見ればトゥインゴは相当小さい車で、今の660cc軽規格と比べて全長は3cmしか違わないし、全高はハイト系が主流になった軽よりもずっと低い。
 確かに現在の軽(特にハイトワゴン系)に乗ると室内の広さには本当に驚く。特に後席の足元はヘタな普通車とは比べものにならないほど広大だし、天井は頭上の遥か彼方にある。ただ…昔程では無いけど…やっぱり横方向が窮屈だ。
 その点が横幅は5ナンバーサイズのトゥインゴは余裕がある。低い車高でも頭上に窮屈な印象は皆無。室内を広げるためにタイヤを四隅に追いやり、全高を低くし重心を下げた車体は、当然ながら走行の安定感に大きく貢献するはず。トゥインゴは実用性・快適性を損なわない範囲で最もミニマムなサイズ感じゃなかろうか?…と思ってしまう。そんな合理性に、ファニー・フェイスで可愛いだけじゃない、使い勝手の良い“道具感”があることが、トゥインゴの最大の魅力。
 まぁ、まず軽サイズ枠ありきで作られた車と、必要最小限の最適化を考えて出来た車を比べてしまうのは、ちょっと日本の軽には酷な話ではあるけど。

 僕がトゥインゴのエクステリア・デザインで特に気に入っているのは、ボディー下部が内側に織り込まれて丸くなっているところ。昔の車は下部がこういう形状になっていたのは普通だったんだけど、空力が低速域でも意外に燃費に効くと分かってからは、スポーツモデルじゃ無くてもアンダー・スカート付きデザインになってしまった。フロントとボディー側面が地面近くまで「ストン」と垂直に落ち(ヘタすると少し逆反りして)、最下部を「スパッ」と切る処理。僕はどうもあれが好きじゃない。なんか蓋の無い入れ物をひっくり返したみたいで…。

 車内は極めてチープ。ドアパネルの一部やピラーの内側が鉄板剥き出しだし(それが良いんだけど)、デザインも質感も背伸びしたところが一切無い。“身の丈”を徹底的にデザインした感じで非常にシンプル。かつ、実用一辺倒ではなく遊び心もある。ダッシュボードのセンターに「ピョコ!」っと飛び出た半球状の赤いボタンはハザードランプのスイッチで、ちょっとXウィング・ファイターにセットされたR2-D2的(解るヤツにだけ解れば良い)。あるいはモグラ叩き。用も無いのに押したく(叩きたく)なる。
 シートは('98年以降の後期型しか知らない。形状の異なる前期型のシートは未体験)座ると身体後ろ半面をシート全体で支えてくれる感じ。この辺りは良く言われるけど仏車の伝統なんだろうな。少し前に見に行った同じルノーの初期型5(サンク)も、先日試乗したばかりの現行ルーテシアも似た印象だった。
 2ドアなので当然リアシートへのアクセスは4ドアに比べれば悪いんだけど、リアシート自体は前後に大きくスライドし、一番前にすればそれなりに荷物が載るし、一番後ろにすると足を悠々伸ばせるほど広い。シートアレンジもこの時代の車としては多彩。また、リアのシートバックを倒し座面全体を前席側に引き上げると、室内の後ろ半分は床から天井まで目一杯荷室に使える。昼間はちゃぶ台置いてリビング、夜は布団敷いて寝室…みたいな四畳半和室的合理主義が、なんか『ゼン』でイイ。
ルノー・トゥインゴ全席側内装(2002 )
(画像出典:NewCarShow.com

 さて、冒頭で「一度も乗ったことが無い」と書いた。それでもきっとトゥインゴ(のMT)なら楽しいはず…と想像している。
 少し前に、たまたま古い軽トラ(MT車)に乗る機会があって、マニュアル車を運転するのは10年以上振りだったので、エンストや少しギクシャクした運転になるかな?と、走り始める前は若干緊張したんだけど、最初にクラッチ繋いだ瞬間から身体が感覚を覚えていて手足が自然に動き、その後はひたすら楽しくて仕方なかった。シフトタッチが良いとか、エンジンが楽しいとか、そういうエモーショナルなのは一切無い。単純に、軽くて非力な車をマニュアルで上手く走らせる面白さだった。車を手放して以来借りる車はAT車ばかりだったので、もうすっかり忘れていた感覚。
 いや、すっかり忘れていたと言うより、今ドキ2ペダルMTだってある訳で、もうクラッチ付きのMT車なんて街中で面倒臭くて、二度と欲しいなんて思わないだろうなぁ〜と思っていた。スポーツカーならともかく。だから逆に自分の気持ちが新鮮だった。
 そうか、そう言えばクロモリ・ロードを買ったときも同じだ。普通に自転車に乗るだけで楽しいことに、偉く驚いた。それは3年半経った今でも同じ。楽しくてずっと乗っていたい!というんじゃなく、近所へ買い物に行くチョイ乗りでも、軽い自転車でいちいちギアを選びながら走るのが、毎回ちょっとずつ楽しい。
 やっぱり“上手くクラッチを使って”ってところがミソだな。サーキットで1秒を争うなら機械の方が上手いだろうけど、楽しく乗るならクラッチが必要(渋滞の無い地域で乗る予定だし…)。
 それでMT車がちょっと気になって試乗したのが、最初に少し触れたルノー・ルーテシア。今年の1月にラインナップに加わった0.9Lターボの5MT。欧州で大流行りのダウンサイジング・ターボ車なんだけど、Bセグとしては軽量(1.1t)で非力(90馬力)な車で、スポーツ・グレードでは無いのにまさかのMT仕様が日本に入って来た。勿論本国では一番の売れ筋だ。
 これが流石に現代のルノー車で、とてもフレンドリーで楽しくて良かった。シフト・ストロークは若干あるものの簡単にスコスコ入るし、クラッチも軽くて操作し易い。まぁ、細かい評価は置いておいて、『軽量+非力+MT』の“ルノー車”はやっぱりイイ。ただ普通に走ってるだけで「これで十分!」感がひしひしと伝わって来る。
 さて、翻って初代トゥインゴ。車重は850kg(MT )、エンジンはNAで58馬力、トルクは9.3kg。今ドキの軽ターボに軽く負けるスペックだけど、『軽量+非力+MT』の“ルノーの小型車”だ。何も問題無い…いや、きっと楽しいはず。誰か持ってる人、試乗させて頂けないだろうか?本当に。

 とにかく初代トゥインゴは、全力のミニマル・デザインと全力のチープさが気持ち良く融合した、稀有な生活コンパクト・カーだなぁ〜と思う。超マジメでユーモラス。そしてキュート。いつか我が家に迎え入れられたら、きっと楽しい。

↓とりあえず、今ウチにあるのはNOREVの1:43のミニカー。“アニス・グリーン”という車体色なんだけど、嫁はこの色が良いらしい。
ルノー・トゥインゴ NOREV 1:18
持てないけど車が好き。 | permalink | comments(6) | trackbacks(0)

お盆の帰省。

 一昨々日、千葉の実家に一泊だけお盆で帰省した。実家での法事に出るため。去年は6月頭に母が亡くなり、初七日、四十九日と7月下旬まで法事が続きお盆はスルーしたので、今年初めてお盆にお経を上げて貰った。

 で、気付いたのだけど、生まれてこのかた本来の意味でお盆の帰省をしたことが無かった。子供の頃は母親の実家である札幌へは夏休みにも何度か帰ったことがあるけど、その頃はまだまだ祖父母とも元気だったし、夏休みがあまり無かった親父と実家の鹿児島に行ったことは幼少の頃に1度しか無く若干疎遠だったので、ずっとお盆の帰省とは無縁だった。僕が実家を出てからは夏の帰省先はたまの札幌から毎年千葉になり、わざわざ料金も高く混んでいるお盆時期に札幌に行くことも無くなり、今年が49歳にして初めて本来の『お盆の帰省』になった。

 実家の仏壇の前でお坊さんにお経を上げて貰った。身内だけの法事なので全員の焼香もすぐに終わり恙無く終了。僕と同世代らしきお坊さんは、実はバイク好きで大型バイクに乗っており…という話は、死ぬまで僕がバイクに乗っていることに反対していたお袋には内緒にしておこう。

 法事が済んだあと、実家から車で数分の墓地へ墓参り。一周忌からまだ二ヶ月しか経っていないので久しぶりという感覚も無いけど、来る度に季節は変わるのでやはり頻繁とは言えないな。次はいつになるだろうか。今年の春に首都高のC2が湾岸まで繋がり、バイクなら実家まで1時間掛からずに帰って来れる様になったけど、やっぱり中々足が向かないモンなぁ…。
 一緒に眠る“ねこ達”にも一言挨拶してお墓を後にした。
2015お盆墓参り
 今回の帰省で、6月中旬に弟夫婦の間に生まれた長女と初対面した。父にとっては初孫。当然僕にとっても初姪っ子になる。自分の子供では無いから、いとこの子に対する感覚と然程変わらないかな?と想像していたけど、生後二ヶ月の姪っ子を見た途端、なんだか妙に可愛く思えた。どういう神経構造なのか全く分からないけど不思議なモンだ。弟や僕の赤ん坊の頃の写真にどことなく似ていて、やっぱり血の繋がりは感じた。似てるから可愛く思える…と言う訳では全然無いんだけど。

 弟がポツリと「あと1年生きててくれたらなぁ」と。勿論、お袋が待ち望んでいた孫の顔を見れたら喜んだだろうし、もしそんなお袋を見れてたら弟だけではなく僕も安心しただろうけど、まぁ、仕方ない。ウチの家系からようやく一つ下の世代に繋がったことが良かったなぁ〜と思うし、それ以上に目の前に居る姪っ子の姿に愛おしさを感じることが、単純に幸せだと思う。

 その弟の一言を聞いて、僕もひとつだけ心残りがあった件を話した。自分を生み育ててくれた感謝の気持ちみたいなことを、結局お袋に伝えそびれて終わってしまったこと。もしかしたらなんとなく伝わっていたかもしれないけど、お袋が安心するような生き方は何一つしていないので、やはり口に出さなかったことは少し後悔していた。
 なんて弟に話したら、「でも、それって死に際の別れの言葉みたいで、まだ生きてるときに話すタイミングが判らなかったよねぇ」と。そうだ。そうだった。その通りだ。どうやら弟もそう思っていたらしい。

 結局のところ、生前の出来事…何もしなかったことも含めて…がお袋との全てで、それ以上でも以下でもないな…と、改めて感じたお盆の帰省。


僕と嫁さんの叔父さん叔母さん振り↓
姪っ子初対面
雑記とか。 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

10周年記念。

 昨日で6月が終わったけど、実は今年の6月は10周年の記念月だった(…ことに数日前に気付いた)ので、ちょっと思い出話を。

 ちょうど10年前の6月、2005年の6月1〜10日の10日間で、僕は生まれて初めて海外を一人で旅した。39歳になった直後だ。それまで一度も海外旅行の経験が無かったので、TVや映画や写真やWebで見るのとは違う、リアルな“他所の国”の風景や街や人や食べ物や空気を感じた嬉しさは勿論、僕自身が受けた予想外(そもそも想像すら出来なかったけど)のインパクトそのものが面白くて、その後の人生に多いに影響を与えた旅になった。
 カタコトの英語すらロクに話せないのに、成田からの往復の航空券以外は全て現地調達…みたいな旅程はちょっと無謀過ぎるかなぁ〜とも思ったんだけど、何故かそのときそれを選択した自分と、更にはなんとかなってしまったことに高揚して、当時旅の間のメモと記憶と写真を頼りにパリ・イタリア旅行記をアップした。今読み返すと恥ずかしい文章だけど、まぁ、今もほとんど文章は上達して無いか…。

 冒頭に“それまで一度も海外旅行を…”と書いたけど、実はその1年前に一度だけ日本から出たことがあった。と言っても当時勤めていた会社の二泊三日のソウル研修旅行だったから、チケットの手配から現地の移動、朝夕の食事まで何一つ自分でお膳立てする必要は無く…かつ、間一日の自由時間以外は終始会社の人間と一緒だったので、ソウル市内の風景が日本とそう変わらないこともあって、あまり海外に行った気がしなかった。
 ただ、中日の自由日は会社の同僚とは行動を共にせず一人で市内をウロついたんだけど、それはそれで海外一人旅の不安感を少しは払拭していたかもしれない。
 
 若い頃から海外旅行に興味が無かった訳では無いけど、若いときほどお金はすべて物欲に消えていた。…し、ほんの何日かで何十万円も消えてしまう(と言うイメージだった)海外旅行に、お金を使う余裕は無いと考えていた。だから海外旅行は僕にしてみれば、いわゆるちょっとしたお金持ちか、海外旅行以外に趣味の無い人か、一旦世間を切り捨てて何ヶ月も何年も旅をする強者のどれか…くらいに思っていた。
 それに英語が話せないことによる不安感と無力感は相当あって、現地でのやり取り(特に空港)や、それこそ何かあったときの対応への不安や、それ以上に現地の人と話せないなら海外に行く意味があるのか?…という状況に対して、わずか数日の間に十数万円以上もの大金を投下する気になれなかった。まぁ、かと言って、英会話の勉強はやらなかったけど(ちなみに英会話関連の本は本棚に何冊も並び埃を冠っているタイプ)。

 そんな人間が40歳を目前に突如として海外一人旅をするまでに至った理由は、当時一緒だった最初の奥さんの知り合いのフランス人青年が、パリに戻るという話を聞いたのがきっかけ。
 そのフランス人くんは相当な美男子だったのだけど当時日本人の彼(彼女で無くて彼ね)が居て、その彼がテクノ好きが高じて本場ドイツ行きを決め、フランス美男子くんは「フランスに帰ればドイツは隣だから」と自分はパリに帰ることになった…という話を、ウチで開いたホームパーティに来た二人から聞かされて、僕は生まれて初めてゲイ・カップルの知り合いができたなぁ〜なんて感想を持ちつつ、その二人のまるで国境を感じさせない雰囲気が羨ましかったことと、フランス美男子くんは日本語が堪能だし、たまたまパリには僕の大学時代の同級生も住んでいたので、もしパリに行くならとりあえず彼らに助けて貰える…と言う考えがふつふつと。

 当時僕は既にサラリーマンを辞めて半年ほど経った頃で比較的仕事の時間は自由になったけど、もしヨーロッパに行けるとしても格安航空券になるので往復で3日は取られるから、最低でも全体で10日間は欲しい。でも普通のOLだった元嫁さんは一週間休むのは難しいかなぁ〜と躊躇してたら、彼女が「一人で行って来たら?」と非常に有難いお言葉。
 実は彼女は学生の頃に海外への旅行や短期留学の経験があって、自分自身は実際に現地を少しでも経験する良さを肌感覚で知っていたので、僕にそれを勧めてくれた訳だ。これには本当に今でも感謝している。
 僕は躊躇をすぐに引っ込めて安くて安全そうな航空券を探した。

 当時、ユーロのレートはちょうど今と同じくらいの130円台後半。ただ、まだ原油が高騰する前だったので“燃油サーチャージ”が無く、『航空券代≒往復のチケット代』だった。
 今ほど便利では無かったけど一応ネットで格安チケットを探せる時代にはなっていて、キャセイパシフィック便の香港経由パリ往復のチケットが、確か『¥49.800-』。これに成田の空港利用料金、現地税なんかをプラスしても5万円台半ば。本当に格安で欧州に行けることになった。
 また、なんとなく…だったけど最初の海外はイタリアに行ってみたいとずっと思っていたので、パリからイタリアに入り、またパリに戻る…というおおまかな旅程を組み、パリ〜ミラノ往復の格安航空券も日本でネットで購入しておいた。友人から聞いたライアン・エアーという今では日本でもすっかり定着した“LCC”の航空会社(今や欧州最大の航空会社)で、パリ〜ミラノの往復チケットがなんと2ユーロ。片道たった1ユーロだ。まぁ、空港利用料がそれぞれ別途2千円くらい掛かるので実際には合計5千円ほどになるんだけど、それにしても…という価格で驚いた。
 空席率が高いときほど座席は安く席が埋まって行くほど金額が上がる仕組みで、僕が旅行の4週間ほど前に買ったのは、行きのパリ(ボーベー)発も帰りのミラノ(ベルガモ)発も早朝一番の便。実はボーベー空港もベルガモ空港もローカル空港で、パリやミラノと言ってもそれぞれ空港まで街の中心から鉄道や高速バスで1時間ほど掛かる田舎にある。
 そんな訳で、街と空港間の移動費合計の方が、ボーベーとベルガモの往復より高くなった。勿論、航空券を往復2ユーロで買えたからだけど。
 いずれにしても、両日とも朝6時には空港に行かねばならなかったので、初日のボーベー泊とイタリア最終日のベルガモ泊だけはネットで空港近くのホテルを予約しておいた。この予約も、例えばBooking.comの様に世界中の宿の予約が日本語で可能…なんてものはまだ無くて、地名で検索してWebサイトが出てきたホテルに直接メールを書いて予約…というやり方。英語ができない僕にはこのメール(FAXも)のやり取りが旅行前の最大の難関だったことも、今は良い思い出のひとつ。

 道中のことはよっぽど暇な人は旅行記を読んで貰うと伝わると思うけど、とにかく見るもの聞くもの音や雰囲気も何から何まで新鮮で、もう、5歩進めば写真を撮って、10歩進むとメモをして…という感じだった。
 やはり予想外だったし楽しかったのが、現地の人とそれなりにやりとりができたこと。会話する…というレベルには勿論ならない訳だけど、イタリアやフランスでは英語が意外に話せない人も多く(ということすら想像出来なかった)、とは言えお互いに一番の“共通語”は英語で、とりあえず思いついた英単語のみを並べ、旅行会話本(『指差し会話』というヤツが非常に役に立った)を見せたり、メモ帳に絵を描いて見せたり…。大変ではあったけど、そういうやりとりでも現地の人と意思の疎通が少しずつとれることが楽しくて仕方なかった。
 それと、こうやって自力で言葉って覚えるんだろうなぁ〜と実感したのは、何かどうしても解決しないといけない場面…例えばチケットを買うとか…で、その辺りに居る人に聞ければ良いんだけど、そもそも会話ができないから聞けない訳だし、特に最初の頃は見ず知らずの外国人(僕の方が外国人だけど)に尋ねる度胸が無かったので、とにかく看板や表示の文字をその場でいちいち辞書で調べたこと。一回目では覚えられないけど、駅やストアで同じ単語は何度も出てくるので、そうしているうちに覚える。生活(旅行だけど)にどうしても必要な単語(や聞き方)から順番に覚える訳だ。

 たった5日間しかイタリアに居なかったけど、その間に辞書を調べ、現地の人に聞き…を繰り返しているうちに、なんとなく現地のやり方や常識…つまり生活文化や生活している人そのものを感じ取れてくる。自分が外国人の立場で(アジア系に対する偏見の目は良くも悪くも気付かなかったけど)現地の時間を共有し肌で感じるという経験は、あぁ、これがわずか数日の海外旅行に数万数十万円を払う価値なのか…と、身を以て実感できた。まぁ、つまりモノからコトという話だ。旅の少し前からそういう方向にシフトしつつはあったんだけど、この旅をきっかけにお金の使い方(と言うよりも生き方)がシフトした。まっ、完全に物欲が消えた訳じゃないけど…。

 その後、結局一度も旅行記にまとめてはいないけど海外旅行にハマってしまい、次はいきなり4ヶ月後の10月に、もう一度同じキャセイパシフィックで香港(途中降機で半日)+パリ2日+イタリア10日間という旅に。翌年、アメリカとタイに行ったり、'07年はガウディを見にバルセロナ経由のパリ…とか、'08年までにパリには回数だけなら合計7回訪れた。
 '09年以降はベトナム・ホーチミン、中国・上海、台湾とアジアばっかりで、2008年5月を最後に欧州に行けてないのが残念。まだまだ行きたいところはたくさんある。金銭的な問題なので仕方ないけど…。

 今、国内で暮らす日本人のうち、実際どのくらいの人が海外で人と交流する経験を持っているんだろう? 全てお任せで行けるツアーでは無く…。
 僕自身、海外への興味がそれほどでも無かったのは、金銭的な障壁がそれなりにあることも大きいけど、TVや映画である程度知ったつもりになっていることも大きいかもしれない。それが切り取られた一部の映像だとは思っていても、切り取られた大半の方は想像できないのにも関わらず。
 実際自分が海外を歩いて感じたのは、当たり前だけど何処に行ってもそこには普通に暮らしている人が居て、その人達が良い人なのか悪い人なのかは勿論一見では判らないけど、少なくとも僕が少しでも袖を触れ合った人たちは親切に接してくれたし、実際僕らと意識はそう変わらないんだろうなぁと見ていて感じた。良くも悪くも…だ。40年近くどっぷり日本のドメスティックな文化に浸かって僕だからこそ、(日本の)大人の目線で比べて見えてくる面もあると思うし、若い頃に行けてたら見えないまま終わったところもあると思う(まぁ、それはどっちでも良いし、有り得ないことを比べても仕方ない)。
 実は、僕の母が僕と違って語学が堪能で、外国の人を時々ウチに泊める様な人だったから、僕が小学生の頃に学校が終わって家に帰ると知らない外国人が居た…なんてことはたまにあったんで、外国人に対しての距離感みたいなものは比較的無かったと思う。それでもやっぱり実際自分の方が他所の国に行って、歩き、食べ、話すことで感じることは、単に外国人と触れ合うのとは全く違う世界が広がっていた。ものの考え方や捉え方が旅でガラっと変わった。ただ海外を旅をするだけで、人生に対して相当なインパクトが僕にはあった。

 もし、39歳までの僕の様に、言葉ができないから…という理油だけでなんとなく躊躇して、一度も海外に自分の足で出た経験が無い人には、是非旅に出る様お勧めする。それも出来ることなら一人で。きっとなんとかなる。今は海外でもスマホ1台あれば情報はいくらでも手に入るから、10年前より遥かに敷居は低いはず。
 数日の旅に数十万円払う価値は絶対ある。行き先はどこでも良いし、行ける体力さえあれば何歳でも構わないと思う。いや、むしろ大人の…日本の常識やステレオタイプな情報で満たされた頭の持ち主の方が、それを柔らかくするのに海外への旅は最適だ。(行き先にも拠るけど)大人が出来る比較的安全な冒険でもある。10年経った今もその気持ちは変わらない。


 さて、久しぶりにヨーロッパに行くか(…と書いておこう)

人生初機内食
キャセイパシフィックで成田からトランジット先の香港に向かう機内にて。人生初の3時間以上のフライト、そして二度目の機内食(人生初はソウル便。国内線で機内食の経験無し)。結構美味かった。若干しょっぱいのを我慢すれば…。

たまに行く旅行のこと。 | permalink | comments(2) | trackbacks(0)

3回目のマル耐参戦(と言うか参加)、その後。

 5/30の『4時間マル耐(袖ヶ浦フォレストウェイ)』に向けて、格安ニー・スライダーを買った話のその後。

 まず、マル耐(走行時間約53分)を経たニー・スライダー(バンク・センサー)は、使用後左右それぞれこんな感じに。
↓右側
ニー・スライダー右側使用後
↓左側
ニー・スライダー左側使用後
 右側の減りが少ないのは、単に右コーナーの方がちょっと苦手なせい。
 まぁ、それはそれとして、ニー・スライダー使用後の表面のこの状態は、商品が届いて手にした瞬間に想像していた通りで、まさしくプラスチックの塊が路面との摩擦で表面が(削られるのはともかく)溶けた感じだ。ちぎれた部分がくっついたままだし…。
 このツナギを作った19年ほど前はまだ革製のニー・スライダーが一般的だったけど、この15年くらいは硬質で滑りも良いポリウレタン製のものを使い続けていて、スライダーの表面は削れても溶けたりはしなかった。初めて使ったときは、まるで硬い石鹸の様に滑りが良いので軽く感動したくらい。
 しかし今回のものはこの見た目通り、接地したスライダーが路面に喰いついてしまうイメージで、膝を若干後ろに持って行かれる様な感覚が気になってしまった。いくら安くても走行中気持ちが削がれるのはダメだ。オーバーに言えばサーキットでは危ない。もうコレは買えない。
 しかし、硬質ポリウレタン製の安いヤツ出ないかなぁ。1個千円以内で…。

 それから、“マル耐”用の準備で買ったものが、前回書いたニー・スライダーとストップ・ウォッチ以外にもうひとつあった。コレ↓
中華製ヘッドホン
 Y!オクで500円で落札したシロモノ。
 F-1やル・マン24とか車のレースでは今や当たり前の環境なのに、二輪のレースでは何故か無線が使われていない(レギュレーション上禁止なんだろうけど、何故?)、でも、僕らは普段ツーリング時に使っているBluetoothのインカムを(主催者側に確認し)初回参加以来毎回使っている。一応ピットボードは出すんだけど、慣れてないもんで見落とすし…。
 ただ、問題はそのBluetoothインカムがヘルメット用なので両耳のスピーカーとマイクが丸裸で、ピット側で使う1台をどうするか?という点(ピットロードのサインボードエリアでヘルメットを被ってたく無いし…)。そこで1回目は仲間内のヘッドホン、2回目は100均で買った保温用の耳当て(ピンクのフサフサ)にスピーカーとマイクをくっつけてしのいでいた。しかし人のヘッドホンにビニールテープをグルグル巻きにするのも、ピンクのフサフサを両耳に付けてサインボードエリアに立っているのももう嫌なので(と言うより、この時期耳当てが売って無いのがそもそもの理由だけど)、3回目にしてついに専用ヘッドホンを用意することにした。マイクブームも付いていて丁度良い。
 早速ヘッドホンのコードをぶった切り、嫁さんのヘルメットに付いてるスピーカーとマイクを期間限定移植。通信装置本体も取り付けて改造完了。圧倒的に過去最高の仕上がりになった↓
中華製ヘッドホン改造Bluetoothインカム/ピット用
 もう、元々こういう製品だったとしか思えない…くらい使い勝手は上々だった。
 ただ、ツーリングではほとんど気にならないノイズ(排気音、風切り音、電子ノイズのミックス?)がサーキットでは大きくて、声が聞こえる様にどうしてもボリュームを上げてしまうので、ヘッドホンをしてると難聴になりそうなくらい煩い…という欠点もある。まぁ、慣れないピットボード(と言ってもウチのチームは『PIT IN』しか出さないけど)は見落とすし、やっぱりインカムで話せるのは便利。走行中にラップタイムも教えてくれるし。


 さて、マル耐当日は前日の雨も夜半までには上がり、予選(リレー形式でサーキット1周を“足で”走る)が始まる11時頃にはすっかり晴れて路面もほぼドライに。
 午前中の練習走行を走った一人がコースアウト&転倒したけど、マシンが泥だらけになり一部カウルが割れた他はたいしたことは無く身体の方も無事で、決勝は予定通り5人で4時間を最後まで走りきった。
 タイムが前回より大幅に上がった人、全く変わらない人、前回の転倒の影響は無い…と言いつつ10秒も下がった人。各人それぞれ思いはあるだろうけど、レース順位に興味は無くても1つのラップ計測器をリレーで繋いでゴールまで走りきることや、仲間内の状態やタイムを見てみんなでワイワイすることは、やっぱり走行会とは言えレース形式…しかもみんなで走る耐久レース特有の楽しさがある。1チーム9.2万円という参加費は、4人以上で割れれば安いかな?と思うし(その分走行時間減るけど…)、まぁ、サーキットで一般人が遊ぶ…という結構難しい設定の中では、このレースのレギュレーションも含めて中々良い企画だと思う。
 僕個人としては、去年の11月のタイムを更新できず、走っているときの感触も悪いまま終わってしまったのが残念なんだけど、まぁ、でも、みんなでレースごっこをできるのは、事前準備も当日の遠足気分も決勝走行中の“その気”も楽しいし、兎に角無事是何より…ということと、天気も適度に良くて暑すぎずで路面もドライで走れて良かった。
4時間マル耐/チーム・タートルズ1
4時間マル耐/チーム・タートルズ2
ここから3枚は友人撮影の僕。
↓スターティング・グリッドで、主催者サイドのキャンギャルに囲まれてインタビュー。
4時間マル耐/チーム・タートルズ4
↓スタートは、一応“ル・マン式”でマシンに駆け寄る。この距離で顎が上がる…。
4時間マル耐/チーム・タートルズ5
↓最終コーナーを立ち上がってホームストレートへ…というシーン。
4時間マル耐/チーム・タートルズ6
↓これは僕が撮ったので僕以外の今回参加(&サポート)メンバー。
4時間マル耐/チーム・タートルズ3
 次のサーキット走行は、年に一度、毎年7月20日“海の日”開催の『もてぎライパ』だ。もてぎは大好きなサーキット、かつ、年に一度しか走れないので、気持ちを乗せてできるだけ頑張って楽しもうと思う。
我が名はバイク乗り。 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

『ビラパワ』という名の石窯ピザ屋。

 前回書いたCX-3の無料試乗ドライブ記事で予告した件を早速。

 新車をタダで8時間も借りれるということで、折角だから市街地や高速だけでは無くちょっと山道も走ってみたいし、山の方に行くなら日帰り温泉でも…と、実は最初は奥多摩に行くつもりだったんだけど、そこの日帰り温泉の口コミにいくつかあった微妙なトーンに若干怖気付き、代わりに選んだのが秩父温泉にある“満願の湯”だった。
 で、ちょうどお昼頃に着くから温泉の後にどこか良さげなランチ・ポイントは無いかなぁ〜と適当に検索していたら、最初に別のピザ屋に目が止まったんだけどその日が定休日で、もう一軒『ビラパワ』というちょっと不思議な名前が目に入り、アップされていたピザの写真も美味しそうだったし、“石窯”と“古民家改装”というワードに惹かれて行くことにした(しかし、長瀞には2件もピザ屋があるのか…)。つまり、この店に行ったのは偶然が重なった結果で、僕らはここに呼ぼれて今回CX-3を借りたのかな?…と思えるほど、この店が気に入ってしまった。

 店は少し山の中に入った細い道沿いにある。入り口の看板はすぐに目に入った。
『ビラパワ』入り口
『ビラパワ』自転車置き場
 そんな訳で、店については『ぐるなび』をチラっと見ただけだったので、実は30〜40代くらいの夫婦が都会を離れて田舎の民家に手を入れ始めた店…みたいな感じをなんとなく勝手に想像していたんだけど、僕(49)より年上の優しそうなご夫婦が出迎えてくれた。
『ビラパワ』石窯のある庭先。
『ビラパワ』カウンターの看板
 石窯は(石窯小屋と言った方が良いかな)庭先にあって、そこのカウンターで注文する。ピザは8種。そのほかは飲み物だけ。とりあえず定番のマルゲリータとアンチョビのピザを。
 終日曇り予報だったものの結構日が出てきて、古民家の室内ではなく外のテーブルで食べたくなる感じになる。白ワインかビールを飲みたいところをグッとこらえて僕はノンアルビールで。勿論嫁さんはビール。ビールはハイネケンだった。
『ビラパワ』ピザ・メニュー
『ビラパワ』ドリンク・メニュー
『ビラパワ』ガーデンから見た青空
 僕等が店に入ったのは1時半頃。他にお客さんは古民家の店内の1階と2階にそれぞれ1組ずつ。その2組のオーダーが焼きあがったあと僕らのマルゲリータが石窯に入り、結構すぐに出てきた。石窯の火力のおかげか? マルゲリータのバジルは、まさに今そこで摘んだフレッシュなヤツ。
『ビラパワ』マルゲリータ
↓庭先にはこのバジル他にも自家製ハーブが色々…。
『ビラパワ』庭先のフレッシュ・バジル
↓こっちがアンチョビ(と玉ねぎ)のピザ。
『ビラパワ』アンチョビ(と玉ねぎ)のピザ
 写真の通り、見るからに美味そうなピザが出て来たけど、目の前の石窯で焼いているところを見て、天気が良い明るい庭先で食べられて、そりゃぁ〜不味い訳が無いんだけど、本当にモチモチふっくらで美味かった。たまたま数日前に都心で某イタリア人の名前を冠するチェーン店で食べたピザより美味いと思った(あれだって不味くは無いけど)。本当に優しい味のピザ。

 古民家の店内も石窯の小屋の中も庭先も、結構色々細かいモノが沢山飾られていて年月を感じたので、もう店を始めて随分長いのかな?と思ったら意外に最近で2011年オープンだった。まだまる4年。実はご主人は同じ県内の加須市で造園師(多分今も)をしていたらしい(違う場所だったかも。うろ覚え)。で、ここはご主人の実家で数年前に戻って来たそうだ。…なので、庭先やらなんやら結構自分たちで少しずつ手作りで拡充させていったらしい。ピザ3種でスタートしたそうで。

 ピザの直径は25cmほどでペロっと食べてしまった。…ので追加。3枚目は“自家製”に惹かれてベーコンのピザ↓
『ビラパワ』自家製ベーコンのピザ
 ペーコンは添加物を入れて無いということで赤味は無いんだけど、これも美味い。地元で採れたキタアカリのスライスも入っていて実に良く合う。あぁ、本物のビールが飲みたい…。
 「そう言えば、忘れてました」と、自家製ハラペーニョソースを出してくれた。凄く自然な辛さで、二人して汗を拭きながら3枚目を味わった。

 ビラパワには犬と猫が一匹ずつ居て、猫はどこかで寝ているらしく見当たらなかったんだけど、僕がピザを注文している間に嫁さんが犬ちゃんを暫く撫でていて、注文終わったので写真を撮ろうと近づくと、何故か数歩遠ざかって一旦止まって僅かに振り返る。で、また僕が近づくと数歩遠ざかって止まり少しだけ振り返る。結局マトモに撮らさせてくれなかった。どちらかと言えば僕は動物には好かれる方なんで、微妙にショック…。
『ビラパワ』犬
 さて、3枚目を食べ終わった頃には先客の2組は店を出ていて客は僕らだけになった。ピザ焼きの任を解かれたご主人は、農作業をしに裏の方に行ってしまったのだけど奥さんとは暫くでお話しできて、僕らにとっては興味深い話しを色々と聞くことができた。田舎でお店を出すということは…みたいなのとか。
 誰も居なくなったおかげで、古民家の店内も隅々までゆっくり見ることができた。ホントにいい感じ。色々と苦労もあったろうプロセスを一切無視して簡単に言ってしまうけど、ちょっと羨ましい。

↓入り口側から見た古民家側。
『ビラパワ』吹き抜け
↓土間には薪ストーブが。
『ビラパワ』土間
↓土間の上は吹き抜けになっている。
『ビラパワ』吹き抜け
↓倉庫から出てきたという看板。
『ビラパワ』倉庫から出てきたという看板
↓二階はその昔、蚕を飼っていた屋根裏だったそうで。
『ビラパワ』二階
↓二階からの眺めはいい。
『ビラパワ』二階からの景色
↓アンティークなものもチラホラ。
『ビラパワ』階段途中のビクター犬
『ビラパワ』2階の柱時計
『ビラパワ』裸電球
『ビラパワ』の扇風機
『ビラパワ』栓抜き
↓わざわざ職人に昔の手法で張って貰ったという天井の電線。
『ビラパワ』昔の手法で張って貰ったという電線
↓立派な梁。昔は屋根裏で蚕を育てていたらしい。
『ビラパワ』二階の梁

 ビラパワのブログに出ていたんだけど、奥さんは子供の頃にタイのバンコクに居たらしく、その頃住んでいたアパートの名前が『ビラパワ』で(今は改装されて結構旅行者の人気のホテルになってる様で)、そこから取った名前だそうで。タイのビラパワには行けないけど、ここにはまたすぐ…今度はバイクで来る。


 ビラパワを出たあと長瀞の川縁に少し寄ったんだけど、そのとき嫁さんが近くにいたカップルに頼まれて、記念写真を撮る図↓
嫁さんが川縁でカップルを撮る図
雑記とか。 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)