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結婚5周年記念旅行/パリへ

 さてさて。長い“準備編”を経て、ようやく旅ブログ本編。

 2016年4月1日の朝7時過ぎに板橋の自宅を出る。二人で緑とオレンジのスーツケースをゴロゴロ転がしバス停へ。ちなみに僕がオレンジで嫁さんが緑。
 既にラッシュになり始めた埼京線〜京浜東北線を乗り継ぎ、京成線に乗り換える日暮里駅内のカフェで軽く朝食を。いつも…と言っても久し振りだけど…この、日常を離れる日暮里駅での乗り換えから、旅気分が少し盛り上がり始める。
 成田空港まではスカイライナーでは無く普通の急行列車。ラッシュ時でも東京から下る急行に座れないことは無いし、時間は30分しか違わない。そして浮いた往復二人分の特急料金はパリのランチ代一食分に。
日暮里でモーニング

 ところで今回の旅行には、僕ら夫婦二人の他に同行者が2名居た。僕らが行きつけの店であり、そしてこの5月からは嫁さんがパティシエとしてスタッフに加わる、近所のトラットリアのシェフとソムリエ……の分身。イタリアに行きたくて仕方ないシェフと、アルザスにあるドメーヌ『マルセル・ダイス』をこよなく愛するソムリエの二人(のコピー)を、折角だから連れて行くことにした。
 で、その“マルセル・ダイス”。今回のアルザス行きをソムリエに話した時に「アルザス行くなら絶対寄ってください」と念を押されたドメーヌで、僕は今まで知らなかったんだけど、実際に行ってみたらかなり良い経験をさせてもらった。その話はまた後で。
成田空港でシェフとソムリエ

 2年半前の台湾旅行は羽田からだったので、成田から出発するのは5年半前の上海旅行以来。その時は成田空港駅の改札の先でパスポートのチェックがあった気がするんだけど、今回は何も無かった。確か前はあったよなぁ? ほとんど意味は無いと思ってたし、微妙に面倒だったから無くて良いんだけどね。
 アエロフロートのチェックインカウンターは第一ターミナルの北ウィングにある。まず“イモトのWiFi”を借りてからチェックインカウンターへ行くと、隣のチャイナエアと共に結構並んでいた。カウンターで計ったスーツケースの重さは二人ともほぼ10kg。無料の上限は23kgなので結構余裕がある。半分空いてるから当然だけど。
 チェックインまでちょっと並んだおかげで、ボーディング開始時刻まで1時間ほどになっていた。早々に手荷物検査と出国ゲートを抜け、機内用の水とおやつを買って搭乗ゲートまで行くと、もう搭乗が始まっていた。
成田空港/アエロフロートSU261便搭乗ゲート
 東京・成田空港 4/1,12:00発、パリ・CDG空港 同日20:50着 アエロフロートSU261便。便名はパリまで同じだけどモスクワ/シェレメチボ空港でのトランジットがある。モスクワ着は現地時間で16:10。東京との時差は-6時間なので、モスクワまではほぼ10時間の空の旅だ。
成田空港/アエロフロートSU261ボーディング・ブリッジの窓から尾翼
 旅費をケチって痛い目に合ったことは未だに無いんだけど、それでも最安の部類の格安券を選ぶのはいつも少しドキドキする。ただアエロフロートは9年前(同じ年に2回)利用したとき、噂で言われるほど酷いとは思わなかったし、少なくとも僕は時間通りに何事も無く目的地に着いた。勿論、機内食は美味くはなかったし、一応シートにモニターは付いていたものの、日本語で見れる映画は皆無。大きな身体のオバちゃんアテンダントは、ニコリともせずにサービスをしていた印象が強い…けど、特に問題は無かった。
 さて今回はどうだったか。実はのっけから驚いた。まず最初に機内用の簡易スリッパとアイマスクが配られ(自前のスリッパ持って来て損した)、次にウェルカムドリンクで僕らは白ワイン(ナパ・ヴァレーのシャルドネ。)を頼んだんだけど、これが結構美味くて。座席にあるモニターでは相当数の映画を選べるし、日本語吹き替えも結構ある(だいぶ後で嫁さんが選択方法に気付いたんだけど)。
 それより何より驚いたのが、客室アテンダントが男女とも若い。しかも美男美女ばかり。そして何ととても上品な“笑顔”と“柔らかい口調”でサービスをして回る。この9年の間に、アエロフロートのサービスはすっかり“西側化”していた。機内誌のキリル文字はまるで解らないけど(表紙の写真は今回最後に行くミラノにある大聖堂だった)。
アエロフロート/機内サービスその1-スリッパ
アエロフロート/機内誌
アエロフロート/超美人のアテンダント
アエロフロート/座席モニター

 ということで、のっけから印象が良くなっていたアエロフロート。なので機内食にはちょっと期待し始めた。最初の機内食は離陸から1時間くらいしてから配られ始める。必ず2種類選べるので、僕と嫁さんでそれぞれ違うものを選び、シェアした。
 で、これがまた以前とは比べものにならないほど美味くなっている。全て…とは言わないけど、格段に良い。離陸直後と到着前の二度とも概ね美味しかった。二人二回分、四種類の内容はこんな感じ。↓
アエロフロート/機内食1
アエロフロート/機内食2
アエロフロート/機内食3
 10時間も飛行時間があると、一応夜(睡眠タイム)に値する時間帯がある訳だけど、そこでもホスピタリティ上がったなぁ〜と思うことが2つあって、一つは何度か水を配っていたこと。エコノミー症候群のことが言われる様になって久しいので今どきの対策だと思うんだけど、事務的に配る感じでは無く、やはり優しい微笑みで希望者に手渡していたのは、9年振りのアエロフロート利用者としては感慨深いものがあった。
 もう一つは、冷たいデザートが配られたこと。ちょうどお腹が落ち着き、ちょっと甘いものが欲しいなぁ〜と思う時間帯。アイスクリームかフローズンヨーグルトを選べたので二人でシェア。今までエコノミーしか乗ったこと無いけど、他の航空会社でも経験無かったので嬉しかった(今はこれも普通なのかな)。
アエロフロート/機内サービスその2-アイスデザート
 嫁さんは寝不足だった上、気圧の低い中で最初に飲んだワインが効いたのか、食事の後に少し気分が悪くなりぐったり横になっていた時間帯があったけど、それ以外は概ね映画を観ていた。僕は眠ること無くずっと。少しは寝ようと思ったけど、なんと無くズルズルと。でも、これすら観れる映画がほとんど選べなかった以前は出来なかったことでもある。
 成田からモスクワまで概ね定刻通りで到着。トランジットは到着から出発まで1時間40分あるけど、実際にゆっくり過ごせるのは30〜40分ほど。パリまでの空路の中、脚を伸ばして休むにはちょうど良い時間だ。
アエロフロート/SU261便モスクワ到着

 何度も繰り返すけど9年振りのアエロフロート。と言う訳で9年振りに来たモスクワ・シェレメチボ空港は随分と立派になっていた。以前のイミグレ付近は偉く狭くて薄暗いところだったけど、ぞれが明るく広くなったし(そう言えば、以前は一人だけ日本人スタップが居たけど今回は誰も居ない。最も迷うようなことは何も無かったけど)、何より制限エリアの拡充ぶりが凄い。どこの国も大きな国際空港の制限エリア内は、高級ブランドの免税店がいくつも並ぶお決まりの風景になる訳だけど、以前の狭いシェレメチボはなんとなく“らしさ”があった。それが今やすっかり最新の国際空港の雰囲気だ。でも、ボーディングゲートが並ぶ辺りは以前とレイアウトが同じ様で(と思う)、久し振りに来たなぁ〜という感覚が少し蘇った。
モスクワ・シェレメチボ空港/マトリョーシカ
モスクワ・シェレメチボ空港/ボーディングゲートが並ぶ辺り
 で、店の名前は覚えて無いけど、多分以前も入ったのと同じ経営と思われるビアパブに入った。“多分”と言うのは、店の内装やらはすっかり変わっていたのだけど、以前と同じ場所(だと思う)で同じ“スポーツ・バー”的なコンセプトだったので。
 ロシア・ルーブルを持ってなかったけど、成田で現金を少しユーロにしていて多分ユーロなら使えるだろうし、そもそも空港内ならカードがOKだろう…と、僕らはカウンターに座って一番小さなグラスを二つ頼む。目の前で若くてハンサムなバーテンダーが、グラスやら何やらをクルクルと回しながらサーブする様を眺められるという特典付き。地元ロシアのビールは結構美味かった。連れの二人にも喜んでいる様で。
モスクワ・シェレメチボ空港/スポーツ・ビア・パブ1
モスクワ・シェレメチボ空港/スポーツ・ビア・パブ3
モスクワ・シェレメチボ空港/スポーツ・ビア・パブ2

 パリ行きへの乗り継ぎ便も定刻通りの出発だった。成田からの機材(機体)はエアバスA330で大きな飛行機だったけど、ここモスクワからパリまでは同じエアバスでもA320で、比べると大分小さな機材。ただ、そのおかげで、モスクワまでは真ん中の4列席だったので外が見えなかったけど、パリまでは窓側の席。3列シートだけど僕らの隣には誰も座らなかった。
 ただ、パリまでの便もサービス内容は概ね良好だったものの、機内食がイマイチだったのが残念。おかずの味も以前レベルな気がするし、妙に硬い変なパンや、デザート(?)の質も。やはり成田発の便は地元日本の給食センターのクオリティなんだろうか? それは9年前でも同じだと思うんだけど…。
モスクワ・シェレメチボ空港/SU261便パリ行き
モスクワ・シェレメチボ空港/SU261便パリ行き入り口
アエロフロート/SU261便パリ行きエコノミー
アエロフロート/SU261便パリ行き機内食

 モスクワからパリまでは4時間弱の飛行時間。現地間の時差は-1時間(日本とは-7時間(冬は-8時間))。こちらもほぼ定刻通り夜9時前にパリ・CDG(シャルル・ド・ゴール)空港に到着した。
 イミグレで「Bonjour !(ボンジュール!)」とひとこと挨拶を交わすだけで、特に何も聞かれないのは以前と同じ。パスポートに入国のスタンプを押してくれないことがよくあったので、もし今回もスタンプ押され無かった場合にパスポート返して押して貰おうと心の準備をしていたら、今回はちゃんとスタンプしてくれた。
 で、心配していたロストバゲージも無く、無事に二人のスーツケースを受け取った後に今回の旅で最初のアクシデントが発生。いや、アクシデントにはならずに済んで良かったことが発覚。ターンテーブルからスーツケースを降ろし、開けようと鍵を出した時、「あれ?成田で鍵を掛けた記憶が無い!」と思い出した瞬間、全身の毛穴から冷や汗が…。なんと僕は鍵を掛けずにとスーツケースを預けていた。荷物にトラブルがあっても大丈夫な様に自分のものは最悪無くなっても良いものしか入れて無かったけど、パリの友人夫婦に頼まれた本やらお茶やらが入っていたので、何一つ無くならずそのままだったことを確認した時には、一瞬力が抜けた。時々僕はこういう大ポカをする。死んだお袋に似たんだ。
 まぁ、とにかく8年振りにフランスに無事到着した。ありがとうアエロフロート!
パリ・CDG空港/バゲージエリア2

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■結婚5周年記念旅行 過去INDEX
1.出発準備 編
たまに行く旅行のこと。 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

結婚5周年記念旅行/出発準備 編

 今年、2016年4月4日は我が夫婦の結婚5周年だった。だから…という訳では当初は全く無かったのだけど、二人でフランス・イタリアをメインに周って来たので旅行記を書こうと思う。まずは旅行前の準備話を…。

 飲食業で普段長い休みを取れない嫁さんが、たまたまこの時期に転職が決まって次の仕事まで1か月ほど休みを取れることになり、こんなチャンスは滅多にないだろう…と(ちょっと無理して)、前後の移動も含めて13日間で欧州に行くことにした。僕は8年振り、嫁さんは初めてのヨーロッパだ。
 行き先はフランスの北東部、ライン川を挟んでドイツとの国境沿いに広がるアルザス地方がメイン。嫁さんが以前アルザス料理を出していた店で働いて以来アルザスの料理とワインに惚れていて、僕もアルザスには行ったことが無かったので、二人で一度は行こう…と言っていたのを、今回やっと実現した。新婚旅行に行ってないから…という、周りへの言い訳も添えて。
コルマール/プティ・ヴェニス


■7年振りに格安航空券を探すと…

 航空券を探し始めたのは嫁さんが退職時期を確定した2月下旬。台湾に行って以来2年半振りの海外旅行だったけど、人の手配やマイル利用では無く、自分で海外格安航空券を探すのは2009年のベトナム旅行以来で、気がつけば実に7年振り。
 最初は以前と同じ様にY!旅行の格安航空券ページを見ていたのだけど、今回初めてオンライン上で格安チケットを買った。以前はネットで航空券のみの価格を幾つか比べて見当をつけるものの、結局最後は旅行代理店に電話をしなければ残席や総額が解らなかったのが、今は事細かに詳細が検索できるサイトがあってそのまま即購入できる。これに一番驚いた。なんせオープンジョー(往路と復路の発着地が違う)の組み合わせを自分で探し、比べて、誰ともやり取りせず買える訳で。この複雑なナマモノ商品を、よくリアルタイムで買える形にしたなぁ〜と。

 航空会社は9年振りのアエロフロート・ロシア航空。欧州行き格安航空券に標準装備の“乗り継ぎ便”でのタイムロスを少しでも減らすべく、北回り路線(北極圏寄りルート)から選ぶのは経由地に興味が無い限り最低条件で、その点では以前一度乗ったアシアナ航空(ソウル経由)も印象良かったし安いんだけど、その後幾つかの事件のせいで個人的に避けたいエアラインになってしまった。中華系は元々好きじゃ無いし欧州系はやはり少し高め(フィンエアーには乗ってみたい。同じ北欧系のSASは良かったので)。結局消去法で3度目となるアエロフロートに。経験済みでも色んな意味でちょっとドキドキする航空会社だけど。

 今回はパリ入りミラノ出のオープンジョー・チケット。実は当初スイス・ジュネーブから帰国するつもりだったのを、結構購入間際に変更。
 アルザス地方からパリに戻るよりジュネーブに行く方が距離的には全然近いことや、スイスにも行ったことが無いし…と、帰りはジュネーブからと考えていたのが、その後スイスは物価が高いとか、スイス発の場合だけ妙にチケットが割高になるとか、金銭的にネガティブな事情が次々と…。スイスにそこまで思い入れがある訳でも無かったので、アルザスから比較的行き易く、アエロフロート便が出発している他都市を選ぶと、ミラノ以外の選択肢が無かった。しかも、ミラノからモスクワに戻ると、高いジュネーブはもとより何故か普通にパリから戻るよりも安い…というオマケ付き。勿論アルザスからミラノまでの移動費(実際はバーゼル〜ミラノ。特急で4時間強)が余計に掛かる訳だけど、航空券とジュネーブ宿泊分の差額で吸収できた。
 とにかく、今回イタリア行きは全く考えていなかったから嬉しい誤算。利用便やコースの金額をネット上で細かく比べることができたが故に、予算増ほとんど無しにミラノに寄れることになった。

航空チケット料金
・アエロフロート便/モスクワ経由
 往路:東京成田発〜パリCDG着
 復路:ミラノマルペンサ発〜東京成田着
 ¥109,220-(大人二人分/燃油,税金,手数料等込み)

 一人¥54,610-のチケット。欧州往復でこの金額、燃油サーチャージが無かった頃を含めても、僕の経験では過去最安な気がする。ましてや北回りだ。過去最安は確か最初に乗ったキャセイパシフィック航空だったと思うけど、航空券だけで¥49.800-だった様な…。燃油はまだ無かったけどその他税金手数料等は別。そして南回りの路線で時間は掛かった。2度目に香港で途中降機した時は面白かったけど。
アエロフロート・ロシア航空/モスクワ・シェレメチボ空港


■ホテルの予約も気軽で便利に

 今回嫁さんが初欧州だったので、僕が初めてフランス・イタリアに行った時に感じた“旅”の感覚を体験して欲しかったのと、旅程に自由度を持たせられるのとで、最初は宿はほぼ現地で探そうかな?とも思ってた。でも、新しい街に着く度に宿を探して毎回安くて最低限不快にならない部屋を探せる保証は無いし、空いてる部屋はべらぼうに高いとか最悪空室無しの場合もあるし、何より今どきネットで早めに予約しておくとかなりリーズナブルな価格で取れるので、結局全ての宿泊地を決めて予約を取った。まぁ、そういう旅はまたいずれ…。

 最初は幾つかの予約サイトを見比べたものの、結局全ての宿の予約をBooking.comに統一。以前より遥かに使い勝手(日本語だけで全く問題無し)が良くなってるし、キャンセル可能な予約の場合はボタン1つで簡単に出来るので、他に安い価格が出た時点で予約する宿を乗り換えられる(実際2回ほどキャンセルして安い方に変更した)。あと、結果的に全てのホテルの予約を1つの管理画面で一覧できたのも便利。スマホのアプリもあるし。
 初めてフランス・イタリアに行った11年前、安いホテルはサイトはあっても予約フォームなんて無く、苦手な英語でメールをやりとりして、現地に行くまで本当に予約が取れているのか不安なまま向かう…なんて経験は(もっともこれはシステムというより僕の英語力の問題だけど)もうしないんだろうなぁ〜と思うと、それはそれで少し寂しい気もしたけど。

 今回の宿泊地と泊数は、パリ2泊、ストラスブール1泊、シュトゥットガルト1泊、コルマール3泊、バーゼル1泊、ミラノ3泊の合計11泊。初日のパリ着は夜遅く、最終日のミラノはホテルから空港へ直行でチェックアウトは8時半。そして帰りの便は日付を跨いで昼前に成田に着くので、現地で自由に動けるのは9日間だけ。出発から帰国まで13日間と言っても、実際にはわずか一週間ちょっとの旅行か…みたいな。ヨーロッパは遠い。

全11泊の宿泊費合計
・全てダブルルーム/コルマール2日分、ミラノ3日分朝食込み
 ¥109,112-(交換レート1euro/約130円(平均)、1sfr/約117円)

 1人でシングルに泊まるより当然割安になる訳だけど、シャワー付きの部屋で1人当たり1泊平均¥4,960-は、半分は朝食付きだしドミトリーや今どきのAirBnbの民泊と比べない限り安い方だと思う。とは言え、やはりパリやミラノの都市部のホテルは部屋のレベルに比べてかなり割高…。そこが平均を上げた。同じ値段なら東京のビジネスホテルの方が遥かに設備もサービスも良い…って言うかもっと安い。今回泊まったホテルの詳細は、また別に詳しく書くつもり。
パリ/リュクサンブールのホテルの窓からの朝の風景


■レンタカー予約も楽になったけど鉄道が…

 日程と宿泊地を決めたので、現地での移動に使う鉄道とレンタカーの予約もした。特急列車やレンタカーを事前に予約すると結構安くつくので。特に特急は時間帯によって全然価格が違う。現地での行動が予約時間に縛られるけど。
 購入した特急券はパリ〜ストラスブール間のSNCF(フランス国鉄)のTGVと、バーゼル〜ミラノ間のSBB(スイス国鉄)のES(ユーロスター)。それとストラスブールからドイツのシュトゥットガルトまでの往復の為に、レンタカーを丸1日(24時間)+4時間。

 欧州の鉄道チケットの予約に関しては“レイルヨーロッパ”というのが結構前からあって、ここで買うのが一般的(だと思う)。今はサイト上で残席や割引価格も見れて即予約できるから簡単だ。ただ、列車によっては現地の国鉄(フランスならSNCF、スイスならSBB)サイトの方がかなり安かったりもするので、旅程と時間を見比べながら購入した(但し現地サイトは当然日本語では見れないので注意)。結局TGVはSNCFサイトで、ESはレイルヨーロッパのサイトで買った(それにしても、上乗せがあるはずの日本の方が安い理由ってなんだろう?)。
 
 で、どうなんだろう?と思ったのは、レイルヨーロッパで買ったスイス・バーゼルからミラノまでのチケットの方。なんと今ドキ紙のチケットを宅配で送ってきた。余計な送料も取られる訳で、これはeチケットにして欲しい。実際ES内の検札では、スマホ画面やプリントアウトした紙を見せている人ばかりだったし、僕自身もSNCFサイトの方で買ったTGVのチケットは、プリントアウトした紙を見せるだけでOKだった。ホームの入り口で刻印すらしてない。
 まぁ、送料込みでも今回のESのチケットはレイルヨーロッパの方が安かったから買ったんだけど、紛失は『再発行不可』とあるのは…。eチケットならそういう問題は無い。

列車料金
・TGV(パリ〜ストラスブール/2等/2人:SNCF web)
 ¥10,171-(交換レート1euro/約127円)
・EC(バーゼル〜ミラノ/2等/2人:レイルヨーロッパ)
 ¥13,800-(チケット代78euro+手数料/送料等)

 レンタカーは検索で一番安かったAVISレンタカーで。車種は『ルノー・トゥインゴ(写真は新型だった)、もしくはそれに準ずる車』。つまり一番安いAセグメント(概ね全長3,750mm/排気量1.3L以下のカテゴリー)の車。実際借りたのはトゥインゴでは無く、シトロエンのC1だったのが個人的には残念だった。
 実は当初、アルザス地方を車で回ろうと思っていて、ストラスブールで借りてバーゼル手前で乗り捨て返却で予約したけど、結局ドイツへの往復だけに変更した。地元の格安レンタカーの5日間のレンタル費はそれ程高く無かったものの乗り捨て料金がかなり割高(多分AVISは乗捨料無料)だったのと、そもそもアルザスの村々を回る最も大きな理由は地元のドメーヌでワインを試飲する為な訳で、レンタカーで周ったら、オレ、呑めないじゃん!…と。
 ストラスブールを12時に出てシュトゥットガルトまで行って一泊。翌朝市場に行く予定だったので、返却を16時にして28時間のレンタル。いつも格安レンタカーを借りてるモンで、日本比べて倍以上に感じる金額。

レンタカー料金
・Renault Twingo 又は類似した車種/MT/28時間+付帯保険CDW
 ¥14,717-(申込み時)+¥6,688-(50.69euro/現地加入の任意保険)
TGV/パリ東駅


■イモトのWiFi

 夫婦で携帯はSoftBankのiPhone5を使っている…ので、SIMフリーでは無い。随分前から格安SIMのに乗り換えようと思いつつ、SIMフリーのiPhone買って契約する会社を比較して…ってのがなんか面倒で保留にしていたおかげで、10日間ほどの欧州で、電話はともかくモバイル・ネット環境をどうするか…と悩んだ。SIMフリーのスマホなら、現地で格安のプリペイドSIMカードを利用できた…。
 宿泊先は全てWiFi無料の宿を選んだけど、昼間出先で見れないのは今時色々不都合もあるし、もし国際ローミングで繋ぐと料金は固定だけど、現地で12日間もネットに接続すると2人で7万円超えになってしまう。“パケ死に”という額では無いけど、今回の一人分の航空券より高い(いや、ウチの家計の場合“死”に近いか…)。
 3月末までに格安SIMの携帯会社に乗り換えることも考えたけど、こういうのは焦って急ぐと大抵後悔するし、そもそもSIMフリーのiPhoneを用意する必要があり、旅行の出費が嵩む中で慌てて準備するのは止めた(勿論早く乗り換えた方が得ではあるけど)。SoftBankのままでも必要とあらば電話もネットも使える訳だし。

 ということで、旅行中のネットはレンタルのモバイルWi-Fiを借りてみることにした。『イモトのWiFi』ってヤツ。1台端末があれば5台まで接続できる…ので2人分として考えられる。欧州複数国で使える契約で1日¥1,280-。現地で買うSIMフリーのプリペイドカードと比べれば大分高いけど、6万円超えと比べれば格安だ。
 とは言え不安もあって、まず、端末のバッテリーが4時間ほどしか持たないことと(モバイル・バッテリーを持って行った。大きめのヤツだったので重い荷物が増えたけど)、どこでも本当に繋がるのか読めなかったこと。あとこれは国際ローミングだろうがプリペイドSIMカードだろうが同じだけど、パケットの上限がある。
 レンタカーにはオプションのカーナビを付けなかった。どうせ仏語か良くて英語の案内だろうから、微妙に使い方がわからない可能性もあり。なのでWIFi繋いでiPhoneでGoogleマップのルート検索を使おうと思っていたが、もしWiFiが全然入らない様だと使い物にならない。
 まっ、それにしても他に選択肢も無いし、とにかく電波さえ入れば使えるんだし…と、予約。

レンタルモバイルWiFi
・エクスコムグローバル/13日間(出発日から帰国日までの契約)/ヨーロッパ周遊WiFiプラン
 ¥16,640-(¥1,280-×13日分)


■スーツケースをどうするか

 手持ちのキャリーバッグが2つとも小さい(30〜40Lほど)ので、最初、弟と親のを借りようと思っていたんだけど、実家の千葉(弟も実家の近所)までスーツケースを取りに行く時間と費用、もしくは宅配の送料を考えて止めた。近所の誰かに…とも思ったものの盗難や破損の可能性もあるし、それでなくても外側に傷を増やすのは間違い無いから、それは偲びない。
 ここ数年はあまり海外に行かないけど今時1万円以内のスーツケースもあるし…と一瞬思ったけど、売り場で見るとやっぱり安っぽくてすぐに壊れそうだし、ネット上の格安商品も口コミ評価が悪いものばかり。
 という訳で、初めて格安レンタルを。諸々比較して決めたのが『ククレンタル(CuCooレンタル)』というところ。他社は概ね1日辺りの金額を出しているのだけど、ここは7日まで、15日まで、30日まで…と料金体系が大雑把な割に、13日間の価格で比べて安かったのと、出発3日前に受取、帰国翌日返送という予備日も料金に込みだったので(使用料で安くてもこれが別途のところもある)。
 一番安いやつにしたんだけど、届いたスーツケースは結構マトモで頑丈そうだった。ABS製のフレームタイプ。ポリカーボネートのジッパータイプの方が軽くて手荷物重量的に有利なんだけど、安全性が微妙に信頼できないのと、それ以上に開け閉めする時にいちいち全周ジッパーを引くのが面倒臭い。
 超過料金を取られない範囲で最大のLサイズ(80L)を2個。借りる前に80Lも詰め込んだら絶対重量オーバーになると思ったし、実際荷物を詰めたら半分空間が空いたんでMサイズで良かったかな?と思ったけど、空港までや宿泊地の移動時は、上着からバッグから何から全て放り込んで荷物をスーツケース一つにできるので、やっぱり大きい方が便利だと実際使ってみて思った。嫁さんが助言してくれたんだけど、大正解。
 あと、年に2回以上、それぞれ一週間以上くらいの頻度で海外に行くなら気に入ったのを買った方が良いかもしれないけど、数年に一度しか使う機会が無いならレンタルで十分。やはり家に保管しておくのは邪魔だし、何度も使わないうちに旧製品になってしまう(Rimowaのアルミのとかなら、10年も20年もして傷や凹みだらけでヤレても持ってたくなるかな?重いけど…)

スーツケースレンタル
・ククレンタル/Lサイズ/2個/15日まで
 ¥10,800-(¥3,780-(レンタル料)+¥1,620-(送料)×2)
ククレンタル/スーツケース


■あと、旅行保険

 クレジットカードにも若干保証が付いているはずだけど、しっかり旅行保険にも入った。これもネットで比較検討して、救護費用(現地に誰か呼ぶ費用等も含まれる)やテロ等対応費用(ちょうど旅行一週間前にブリュッセルでテロが起きたのもあり)なんかが手厚かった三井住友海上に。各社組み合わせの内容が微妙に違うので純粋に価格を比べられないけど、かなりリーズナブルに感じた。

海外旅行保険
・三井住友海上(2人分)
 ¥7,600-


■…と言う訳で、ここまでの合計
 『¥298,748-』

 これ以外の旅行費用は、現地での細かい移動費と飲食費、施設入場料…とお土産代くらいのはず。つまり旅行中のお小遣い。まだチェックして無いけど1日1万円くらい? もう少し使ったかな…。なんせ欧州は外食が高い…と言うか、毎日昼夜飲み歩く様なモンだし…。
 まっ、なんにしても、航空券代、宿泊費(5日分の朝食代込み)、特急列車乗車賃、レンタカー代、旅行保険、スーツケース/モバイルWiFiレンタル費を全て含んで、13日間の欧州自由旅行2人分で30万円と言うのはやっぱり安いと思うんだけど、どうだろ?


さて、すっかり長くなったけど、次からは本来の旅行ブログに。
ミラノ/ドゥオーモ
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FUJI-X新機種が2つとも良くて…。

 今どき、デジタルカメラが4年間もモデルチェンジをしないのは珍しいと思う。感覚値だけど。で、4年振りにようやく二代目となった富士フイルムの『X-Pro“2”』の実機を、新製品発表のイベントをやっていた富士フイルム・スクエアで触ってきた。X-Pro1を愛して止まず動作のノロさを嘆く僕としては、ずっとこの日を待っていた。↓これ。
X-Pro2発表。フジフイルムスクエアにて
↑レンズは出たばかりのXF35mmF2。このセットならレンズもボディも防塵防滴で雨の日も雪の日もOK。
 パッと目はX-Pro1と比べて「グリップがちょっと変わったかなぁ〜」という程度の変化。大きさもほぼ同じ。手に持った印象はグリップの形状と素材変更で持ち易くなったけど、ボリューム感は全く変わらない。Xシリーズはモデルチェンジ時にあまり形を変えないのが普通なので予想はしていたけど、それにしてもフラッグシップ機のマイチェンでは無くフルモデルチェンジで、この変化の無さ具合は特筆モノ。ただでさえ4年間変えてないのに。
 ↓こんなモックが並んでいた。
X-Pro1 to Pro2。フジフイルムスクエアにて
 『X-Pro1 to X-Pro2』と言うタイトルで5台のボディが並んでいて、一番左がX-Pro1で右端がX-Pro2。その間の3台を撮ったのが上の写真。それぞれ変更した部分についての理由は、なんとなく分かるような気がする。しかし結局は元に戻った。多分開発側にも「X-Pro1のデザインは不用意に変えたく無い」という強い意識があったんだろう。説明してくれた富士の人も似たようなことを話していた。これを呪縛や停滞と考えるか、良いものは良いと確固たる信念と思うか。僕は後者だと思う。

 外装デザインと同様、性能的にも最近のFUJI-X製品の流れから想像できる内容だったので、以前から伝えられていた『革新的な技術が出せるまではPro1の後継は発売しない』と言う言葉から想像するほどの驚きは無かった。ただ、とにかくAFの速さに感動した。Pro1がアホなくらいノロマなのは間違い無いけど、それにしてもPro2は速くて迷いがない。動体にも追従しまくる。悔しいほど何の迷いもなく一瞬でピントが合う。これだけで個人的にはX-Proはエボリューションしたと思える(笑)
 OVFが既発のX100Tと同じ機構になったのも最大の改良点のひとつ。Pro1はOVFがあるから選んだ様なものだけど(当時既にX-E2が発売後で値段も性能も負けてたにも関わらず)、OVFの使い勝手の悪さで結局ほとんどEVFで撮ってる。打って変わってPro2のOVFは、相当暗い場所以外ならほぼストレス無しで使える筈。こうなると逆に、EVFや一眼レフと比べてガラスの素通しファインダーの良さが際立ってくる。Pro1同様相変わらず“絵”がクリアで視野が広く、覗いていて気持ち良い。

 デジタルカメラとしての内容(性能)は、これまでレンズ交換式Xシリーズの中で2周回遅れの最後尾だったPro1から、Pro2はいきなりトップに躍り出た上、大きく後続を引き離した。ただ、実売価格もかなり高騰して19万円以上。Pro1の発売時が13万円、2年前に出た一眼タイプのT1でも発売時15万円だったんで、価格もブッチ切りに。T1より少し高くなるとは思ってたけど…。T1は今11万円前後まで落ちているので余計に高く感じる。価格がこなれて来るのを待つしかないなぁ。

 まぁ、それはともかく。Pro2はPro1のダメなところが払拭されるだけでは無く、何のストレスも無く何時でも何処でも使える最高のカメラになった。今回Xシリーズが出てから初めて画素数は上げてきたけど、FUJIのAPS-Cセンサーが出す絵はこれまででも十分だったので、このX-Pro2はもう一生モノのカメラとすら思える(まぁ、デジタルの世界では多分それは無いだろうけど)。僕にとっては「アバタもエクボ」すら見つけられない素晴らしいカメラになった。Pro1はエクボだらけだ。今も好きだけど。


 もうひとつ。今回同時に発表になったX70の話。こちらは今までシリーズに無かった機種で、レンズ固定式のX100Tの下位機種として発表された。8万円台後半〜のいわゆる高級コンデジ↓。
富士フイルム・スクエアにて/X70+外付け光学ファインダー
 オプションの外付け光学ファインダー(2万円!!)を付けて貰った。このまんま欲しい。色はブラック一色もあるけどPro1が真っ黒なんで、こっちはオールディーなシルバー狙い。

 古い人間のせいか、スマホやコンデジ的に液晶モニターを見て撮るスタイルが好きになれないのと、ここ2〜3年で急激に進んだ“老眼”(これは完全に“人間が古い”せいだ)のおかげで、液晶モニター自体が見難くなった。それも含めてやっぱりカメラにはファインダーがあって欲しいし、FUJI-Xシリーズ(のファインダー付き機種)が好きな理由の一つ。だから今回X100Tの下位機種として“ファインダーレス”のX70が出ると聞いた時も、さして興味が湧かなかった。
 ただ、掌サイズのコンパクトなボディにも関わらず、上位機種と同じAPS-Cサイズのセンサーに、ズームでは無く18mm(35ミリ版換算で27mm相当)の単焦点レンズを搭載し、絞りリング/シャッター速度ダイヤル/露出補正ダイヤルが揃って付いているのはかなり魅力的だったので、これにファインダーが付いていればなぁ〜と思っていたところ、写真の外付け光学ファインダーがオプションで出ることを知った。これさえ付ければファインダーを覗いて写真が撮れる。ピント合わせは出来ないけど、AFはPro1と違って速くて確実。そしてこのサイズ。あれ?もしや日常持ちに最強X?…と。

 富士フイルム初のタッチパネルチルト式液晶モニターも面白かったけど、良いなと思ったのはクロップ機能。23mmと35mm(換算35mm/50mm)の画角に切り替えられ(撮影データは元のまま)、簡易的にレンズを交換している様なイメージで使えること。単焦点レンズ一体型のコンパクトカメラの利点…まぁ、マニアックな話だ…に拘れる嬉しさと、ズーム付きコンデジの様な利便性をある程度享受できるこの構成に惹かれた。
 極薄のレンズ鏡筒には絞りリングとフォーカスリングがところ狭しと並んでいるんだけど、ボディー側の絞りリングには取手(?)が付いていて回しやすく、いちいち目で見て確かめなくてもフォーカスリングと迷うことは無く、クリック感も良くて使い易いところも「◯」。

 Xシリーズらしく、アナログカメラ的で上質なデザインや使い勝手の良さがある上、とにかくコンパクトであるけどギリギリ小さ過ぎないサイズ感がいい。ポケットサイズは言い過ぎだとしても、小さい鞄のちょっとしたスペースに軽く入る。毎日持って歩いても全く邪魔にならないAPS-Cの単焦点のFUJI-X。しかもレンズは僕がPro1に普段付けっ放しにしてるのと同じ18mm。この画角は個人的にスナップで非常に使い勝手が良い…し、こっちはクロップ機能も使えるし…。参ったなぁ〜。


 ところで、今回XF100-400mm(35ミリ版換算で150-600mm)と言う超望遠ズームも発表になった。別売りの1.4倍テレコーンバーターを付けると、140-560mm(換算210-840mm)にもなる(年内に2倍テレコンも出る噂が)。20万円以上するレンズなので全く眼中に無かったのだけど、「まぁ、折角ですから」と富士の人がPro2に付けてくれた。
 多分X-マウントレンズの中ではダントツに大きく重い(1.4kg)のだけど、これが持った時のバランスが良いのか思ったより重さを感じない。5段分という手ブレ補正も良く効き、室内の明るさでテレ側(400mm)で何枚か撮った画像をカメラの液晶モニターで最大に拡大しても、1枚もブレている様には見えなかった。ちょっとサーキットで使いたくなった。
 「凄く良いけど、20万円以上かぁ〜」と言ったら、「レンタルサービスがありまよ」と富士の人。あ!その手があった。もっとも今のPro1で使うにはAF的に難しいので、やっぱりまずはPro2が…。


 …と、物欲を大いに刺激された、今回の富士フイルム新製品発表。困ったもんだ。
XPro-2/X70/X-mount-lensのカタログ
FUJI-Xのカタログっていつも良いけど、今回のPro2のデザインは秀逸。

 そうそう、X70の開発者トークショーの最後に、世界中のX-Photographers(FUJI-Xを使うプロカメラマン達のグループ)の中から246名の作品を掲載した、とても立派な写真集を頂いた。ホントにタダで貰って良いのかなぁ〜というもの。
X-Photographersの写真集
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キラキラ銅メッキペダル。

 クリスマスにサンタが嫁に持ってきたプレゼントを、さっき付けた。

 サンタが持ってきたのは、日本が誇る自転車ペダルのブランドの老舗“MKS(三ヶ島)”の、『PRIME SYLVAN TOURING Copper』と言う何やらゴージャスな名前が表す通り、銅(カッパー)メッキとポリッシュ仕上げが美しいスペシャルなペダル。僕のBrunoに付けてる『PRIME SYLVAN ROAD Copper』と同じシリーズ。

ちなみに今まで↓
嫁のVIVA/ノーマルのペダルの全景
よく解らないから、ペダルをアップで↓
嫁のVIVA/ノーマルのペダルアップ
元々はこういう反射板が両サイドに付いていて…↓
嫁のVIVA/ノーマルのペダルと反射板
元はこんな感じで、格好悪いから…と嫁が外していた(本当は反対側にも付いてる)↓
嫁のVIVA/ノーマルのペダル反射版付き

そしてこれが『PRIME SYLVAN TOURING Copper』!
ピカピカ!
嫁のVIVA/MKS PRIME SYLVAN TOURING Copper 単体
付けた感じ↓
嫁のVIVA/MKS PRIME SYLVAN TOURING Copper 装着状態

 てな感じで、自分のBrunoで一度ペダル交換を経験していたし、(たまたま)右側から作業を始めてすんなり交換できたから、今回は楽勝だな…と思っていたら甘かった。左ペダルのナットが固着していて(多分ロック剤を使っていると思われ、そのせいもある気がする)全く動かない…。CR556を吹き付け、30分ほど置いても、一晩置いてもダメだった。
 と言うか、ナットが回らないだけならまだしも、思いっきり力を入れてたらナットも工具も舐めてしまった(どんだけ固着してんだ!?)↓
嫁のVIVA/ペダルネジと工具舐める

 このスパナ、前回自分のペダルを交換する時に近所のDIY店で買った15mmサイズなんだけど(何故これを買ったのかも前回書いたので)、その時も結局元々のペダルは外れなかったのを思い出した。クランクも同時交換だったから、結局元のは外すのを諦めてそのまま放置したんだった。

 で、ネットで軽く調べると、やはりこの手のトルクが必要な工具は“長さは正義!”とあったので、今回また専用工具を新たに購入。一番上の黒いヤツ。「PWT ハイトルク ペダルレンチ」という工具。amazonで1.5千円ほどだった。
PWT ハイトルク ペダルレンチ
↑ご覧の通り、モンキーレンチも持っていてそれなりの長さがあるんだけど、これが厚みがあってベダルとクランクの間のナット部分に入らない↓
モンキーレンチの厚み
で、ペダルレンチの厚みはご覧の通り。まぁ、専用工具なんで当然だけど↓
ペダルレンチの厚み
長い↓
ペダルレンチの長さ

 ネット上に“長さは正義!”とあった通り、ナットが舐められつつスパナにめり込んでも動かなかった(安物スパナで若干精度が甘いせいもあったろうけど)ペダルのナットが、このペダルトルクレンチにググっと力を加えると、「メリメリ!」と一瞬音を立てたと思ったらあっけなく回った。いや、あっけなくは無いか。結構力は入れたけど、とにかく回った。

 という訳で、無事作業完了。出来上がり! 小さい写真だとやっぱりよく解らないけど、実際は結構なアクセントになってる↓
嫁のVIVA/MKS PRIME SYLVAN TOURING Copper  交換完了!

 しかし、僕のPRIME SYLVAN ROAD Copperと比べると、クローム・メッキ部分のポリッシュ具合が違い過ぎる! ちょっと…いや、かなり羨ましい…。なんで?
僕のPRIME SYLVAN ROAD Copperと比べると…
 …磨かねば。
シンプル・イズ・自転車。 | permalink | comments(0) | trackbacks(0)

MacBookProの液晶画面が割れた。

 人生において2回目だ。ノートの液晶が割れたのは。
 人生って言うか、自分で初めてノート型パソコンを買ったのが20年くらい前だから、この20年で2回目。台数にしたら5台のうち2台で割ったことになるなぁ。
 
 1度目は、満員電車の中で鞄に入れて持ってたんだけど、会社で出したら割れてた。当時は渋谷の会社に勤めていて、すぐ側にMac専門の修理屋があったので、出社直後に駆け込んでその場で直して貰った。値段も交換部分も覚えてないけど、割れた数時間後には何事も無く仕事で使えてたので助かったのは覚えてる。

 で、今回2度目。機種はMacBookPro retina 15inch(2012 mid)。買って3年半ほどになる。500GBのSSD、16GBのメモリーと載せられるだけ載せた仕様で、今までに不具合はほとんど無い。

↓割れて一部表示できなくなった。左側の縦の黒いライン。
MacBookPro retina 15inch モニター割れ1
 モニターの左下を割ってしまい、その幅に合わせる様に縦にスジが無数に伸び、幅3〜4cmほどが黒くなっている。ワイド画面が標準サイズにになってしまった感じ。またこの写真では判りにくいけど、画面下側にも横に数本かスジが入ってる。

↓画面左端の拡大
MacBookPro retina 15inch モニター割れ2
 一番左端には色が付いているけど、画面上のものは何も見えない。この写真では画面下半分のエリアに何本か横スジが入ってるのも見える。

↓割れた部分の拡大
MacBookPro retina 15inch モニター割れ3
 左下端から画面中心に斜め上に伸びる様に、2本のヒビ割れが…。

 何でこんなところが割れたのかと言うと、出先で作業中に席をちょっと外す時に蓋(画面)を閉じた時、MagSafeコネクタが外れていて気づかず挟んでしまったのが原因。

↓こんな風に外れたMagSafeコネクタが本体に乗っていて…
MacBookPro retina 15inch モニター割れ4
↓それに気付かず蓋(ディスプレイ)をこんな風に閉じてしまった。軽く閉じただけなんだけど、一番負荷が掛かる根元だったので簡単に割れたらしい。
MacBookPro retina 15inch モニター割れ5

 ただ、席に戻って作業を再開しても画面に変化が無かったので、しばらく割れたことに気づかなかった。打ち合わせ場所に移動する時に再度蓋を閉じて持って歩き、改めて画面を開いたら最初の写真の様になっていて、その間どこかにぶつけてもいなかったのと、少し前にMagSafeコネクタを挟んだことを暫く思い出せず、何でモニターが割れてるのか最初は分からなかった。


 これが一昨日の出来事。このマシンは仕事で使う唯一のパソコンなんだけど、普段自宅の仕事場で作業する時は27inchの外部モニターに繋いでいて本体側の画面はメーラーやテキスト資料を開く程度なので、この程度画面が狭くなるのは、まぁ、我慢できるのだけど、ちょっと今月から出先で作業することが多くなったので、今のところ本体のこの15inch画面のみが作業領域で、デザイン作業するにはただでさえ狭い。それに持ち歩くとなるとどんどん見えない部分が広がって来そう…(既に最初より少し広がってる)。
 余計な出費だ…と「orz」状態の頭で中古パーツとか探してみたけど、無さそう…だし、どうもMacBookはretina以降、交換作業自体が難しいらしい。もう購入後3年半だし買い替えるか…とも思ったけど、今、その余裕が無い。修理代ですら痛くて少しでも安くあげたい訳で…。
 そんなこんなで1日半ほど悩んだけど、放置していても自然治癒する訳でもないし、腫れ物に触る様にマシンを持ち歩くのも、作業効率が落ちるのもストレス。修理代を少しでも安く…というのもあるけど唯一の仕事機を預ける訳にもいかないので、結局以前の様に持ち込みでその場で直して貰うことにした。

 「MacBookPro retina 液晶交換」とかで検索すると、上位に出てくる工房が新横浜にあった。『KSCAT(ケーズキャット)』という工房。他にも探してみたけど、retina画面のMacBookの修理自体を受け付けているところがあまり無く、ここで修理した人のblog記事なんかも検索で出てきて評価も高く信頼できそうなのと、表示してあった金額も(そもそも金額表示している工房が少ない)中では一番安かったので、“事故”から2日明けた昼前に悩むのを止め、予約の電話をしてバイクで新横浜まで(久々に第三京浜を走った)。

 工房の場所は新横浜のラー博の隣の雑居ビルの4F。中に入ると、ゴチャっとパソコンパーツが散乱していて、ひと昔前の秋葉原の裏手の店のイメージ(今もそういうのあるのかな?)。かなり怪しい雰囲気だけど店の人は凄く丁寧かつ気さくな感じで、初対面だけど話もしやすくてこの手の店に居そうなPCオタク的な匂いのしない人だった(先入観持ち過ぎ!)。

↓店の入り口のドア。
KSCAT入り口

 今日だけで10件以上液晶交換の予約が入ってるらしい。僕が何人目か忘れたけど、僕の直前の客も全く同じ機種で、同じ様にMagSafeコネクタを挟んで割ってしまった…と。世の中結構似た様な不注意で余計な出費をする人が居るんだなぁ〜と、若干『orz』感が減る。

 液晶シートだけ交換する場合、MacBookPro retina 15inchは税込約¥4.4万円ということなんだけど、僕の場合(僕の前の人も同じ)、液晶背面の光を分散するシート(の様なものらしい)まで負荷を掛けて変形させている様で、液晶シートだけ交換してもその部分(つまり割れた辺り)が白く光ってしまうらしい。…と言う実例を、店の人のMacBookがそうなっていて見せてくれた。場所は画面の左下隅だし少しでも安くあげる為に無視しようかと思ったけど…ちょっと常に目に入りそうな嫌さ加減。で、そのシートが5千円ということで、税込5万円ほどの修理代になった。
 ちなみに、アップルストアで修理すると12万円ほどかかるらしい。しかも2週間ほど預けないといけない。自分で調べた訳じゃ無いんだけど、その僕の前の同じ症状のお客さんがジーニアスバーでそう聞いてからウチに来た…と店主。

 交換作業には1時間半ほど掛かるので作業終了後携帯に連絡するとのこと。ならばと(昼飯喰ったんだけど)隣のラー博に復活した大好きな札幌“すみれ”でミニラーメンを食べ、逆の隣のフレッシュネスバーガーで珈琲を飲みながら待つ。1時間15分ほどで携帯が鳴った。

 さて、綺麗に直った。画面縁の黒いゴム(シリコン?)が劣化していて剥がすのが大変だったらしいけど、なんとか再利用してくれた様で、ありがたい。元々画面にはキーボードの跡が一部付いていたりもしたので、それも無くなり新品のMacBookと交換したみたいだ。実は僕のMacBookProのretinaモニターは画面にムラが出たりコーティングが剥がれやすい不具合があったらしく、今回の修理交換でその後の対策品に変わったのもちょっと嬉しい。まぁ、有料だけど…。

 マシンスペック自体に未だに不満は無くまだまだ現役で使いたいので、後はSSDが突然死しないことを祈るばかり…。
MacBookPro retina 15inch モニター割れ6
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鉄道模型趣味、と言うか…。

 “CD断捨離”の記事の冒頭で一言だけ触れたけど、子供の頃に集めたNゲージの鉄道型を、割と最近まで処分せずに(実家に)とってあった。いや、普段目にしないが故に忘れて放置していた…というのが現実に近いか。

 小4か小5くらいだったか、名前は忘れたけど文庫本サイズほどの鉄道模型の本を手に入れた。その本には“Nゲージ(線路幅が9mmの規格)”の詳しい説明やカラー写真も沢山掲載されていて僕はボロボロになるほど読み返し、1:148〜160のリアルな鉄道模型の世界にグイグイ惹き込まれた。物心着いた頃には既に鉄道が好きだったし、鉄道に限らずミニチュア模型やジオラマに惹かれる体質だったので(これは今でもだけど)、当然の流れだ。
 ただ、残念ながらお金持ちの家の子では無かった僕は、大人の趣味である鉄道模型を早々買い集めることは出来ず、たまの親へのおねだりや少ないお年玉を使って、2〜3ヶ月に一度、1両ずつ買うのが精一杯で、普段は模型店のショーウインドウを端から端まで1時間くらい眺めて帰る…というのが、小学生だった僕の鉄道模型趣味の“楽しみ方”だった。

 一番最初に買ったNゲージは、国鉄最初のブルートレイン『あさかぜ』(東京〜博多間)登場時にデビューした“20系”という型式の中で、編成末端に連結されていた“ナハフ20"という車両。“鉄な人”なら20系と言えば最初に思い浮かぶ顔的な車両だ。確か当時千円しなかったと思うけど、小五の僕は最初に何を買うか相当迷ったのを覚えている。その頃ブームだったスーパーカーの1:24のプラモデルとほぼ同じか少し高かったので…(プラモデルは買った後作って楽しめるけど、鉄道模型の車両は揃えて走らせるまでは…)。
 その後編成のもう一方の端になる電源荷物車の“カニ21”、中間に挟まれる食堂車の“ナシ20”と数ヶ月掛けて増やし、確か当時5千円くらいした牽引車(つまりモーター付き)の“EF65-500番台”をもの凄く緊張して購入し、漸く最低限の1編成ができたときは嬉しかった。ただ、ブルートレインなのに寝台車両が1両も入って無いという状態だったけど…(ナハフ20は座席専用車両)。
 でもその後は20系熱が若干冷め、同じブルートレインでも新型の24系を揃える方向に行ったり(当時発売されたばかりの24系は細部の出来が良くて)、電車型寝台の581系や“湘南電車”と呼ばれていたオレンジと緑色の近郊型の113系(この辺りはTOMIXが安かったのが理由だった様な…)、他は400〜500円で買えた貨物車両等をおこずかいが少ないときに“小腹を満たす”的に買っていて、結局20系寝台車は最初の3両以降増えること無いまま、中学時代半ばからはおこずかいはLPレコードへの変換がメインになっていった。
 ただ、鉄道への興味自体は中学以降も続いていて、交通公社の時刻表は愛読書だったし、たまに“撮り鉄”になったり(勿論そんな言葉はまだ無い)、鉄道関連の月刊誌(鉄道模型趣味、鉄道ファン、鉄道ジャーナルの3誌と、たまに鉄道ピクトリアル)を毎号買い続けるほどだったけど、それも大学一年の夏に二輪の免許を取ると同時に鉄道への興味が一気に冷めてしまった。国鉄からJRになってしまったのもあったかもしれない。鉄道のこと自体を嫌いにはならなかったけど(横浜の“原鉄道模型博物館”には感動した!)。

 で、そこから30年近く経って冒頭の断捨離に戻るんだけど、赤羽に“ヤマナカ模型”というちょっと大きめの模型&モデルガン屋があり、そこは鉄道模型の引取もやっていて、1〜2年前に試しに持って行ったら意外にもいくらか値段がついた。そのときは「ブルートレインだけ残そう」と編成が揃っていた24系も残したものの、たいして思入れは無いと考え直して結局24系5両1編成は処分した。鉄道模型を残すのでは無く、あの頃自分が感じていた“空気感”みたいなイメージを形にしておこう…と、一番最初に買った20系の3両とEF65(どちらも一部壊れてたのもあり)だけ残すことに。
 そうなると気になるのが『ブルートレインなのに寝台車が無い』という点。断捨離したのに新たに買い足すなんて本末転倒だし、買い足すのは「思い出なのか?」ということもあり、あまり考え無いようにしていたんだけど、先週またちょっと思い出してヤフオクを見ていたら、丁度足りなかった当時の旧製品版の2両が1500円で出品されていて、思わず落札。約40年掛かって20系のブルートレイン1編成がコンプリートした(旧製品は当時5種類のみ)。
 実はヤフオクで検索すると20系は沢山出品されてるんだけどそのほとんど’が新しいモデルで、比べると流石にディテールの出来が素晴らしいし、車両の種類も凄く増えていてちょっと買い揃えたくなるほど。…勿論買わないけど。
 兎に角、足りない寝台車だけ最新モデルになるのも…と思っていたので、ちょうど欲しかった2両の旧製品が出てたので、もうこれで思い残すことは無い(…なんだかんだ言って実は結構満足)。

 鉄道が趣味では無くなってからも心の隅にはずっと、生涯一度くらいは鉄道がメインの超細密な“ジオラマ”を作ってみたいという気持ちが消えずに残っていたんだけど、去年“ドロオフ”という模型作りの有志の展示会や、つい最近巣鴨にある“さかつうギャラリー”で超細密な模型やジオラマを見て久しぶりに模型熱が触発されて、あのレベルは無理としても自分で少し作ってみたくなった。あまり趣味を増やしたくは無いんだけど…(苦笑)
 まぁ、そんな訳で、手元に残したブルートレイン1編成を飾るための細長いショーケースを、ちょっとした“風景”付きで作ろうと思ってる。イメージは夜のホームに停車中のブルートレイン。ストラクチャー(建造物等の意味)も含めてなるべく市販品を使わず手造りして、既存製品も出来る限り細部まで手を入れてみようと思う。なので車両も作りの甘い旧製品でOK。子供の頃に憧れた国鉄時代の“寝台特急の旅情”をディスプレイ化するのが目標。

 とは言え、少しずつ気長に。

Nゲージ/KATO/旧製品/EF65-500+20系(1)
この6両編成で全長80cm弱。
Nゲージ/KATO/旧製品/EF65-500+20系(2)
後ろから。最後尾のナハフ20の丸い屋根が20系の特徴。
Nゲージ/KATO/旧製品/EF65-500
EF65 500番台。最初のブルートレイン牽引専用カラーの電気機関車。「やっぱり500番台がカッコイイなぁ〜」とか言ってた気がする。
Nゲージ/KATO/旧製品/カニ21
カニ21。『カ』は重量級客車の意味で、『ニ』は荷物車。20系はこの車両に編成の電源を集中し(だから重い)、客車の屋根部分を車両限界まで高くし空間を広げた。荷物部分は5t積めたらしい。
Nゲージ/KATO/旧製品/ナロネ21
ナロネ21。『ナ』は軽量客車、『ロネ』はA寝台の意味。ちなみに『ロ』だけだとグリーン車。『ネ』が寝台の意味。
Nゲージ/KATO/旧製品/ナシ20
ナシ20。『シ』は食堂車の意味。昔は特急列車と言えば食堂車がついていたけど、子供の僕には食堂車付き特急を選べる選択権は無く、極稀に食堂車で食べれたときは嬉しくて仕方なかった。
Nゲージ/KATO/旧製品/ナハネ20
ナハネ21。『ハネ』はB寝台の意味。『ハ』だけなら普通車。B寝台の三段ベッドの一番上に寝るのが好きだったけど、実は上野発の581系ばかりで20系に乗った記憶が無い(多分幼稚園の頃に一度乗ってる筈…だけど)。
Nゲージ/KATO/旧製品/ナハフ20
ナハフ21。『フ』は緩急車(車掌室と手ブレーキ設置)の意味。しかし、寝台特急に座席車両があったのが不思議(後に全て寝台車に改造されナハフは消えた)。
Nゲージ箱/さらば宇宙戦艦ヤマト
小学生当時作った“さらば宇宙戦艦ヤマト”のプラモデルの箱に入れていたのが、今もそのまま。ヤマトのプラモデルは数年持たずに爆破/撃沈された気がする…僕に。
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ラテの思い出。

 一昨日10月5日のお昼12時10分頃、ウチの愛猫『ラテ』が死んだ。子猫の頃から2年ちょっと、短い人生(猫生)だった。

 '13年の確か7月頃のある日、突然マンションの敷地内に子猫が現れた。多分生後3〜4ヶ月。部屋にいたときに外から猫の声が聞こえて来たので(僕は猫の声にすぐ反応する)出てみると、エラい大きな声で「ナァ〜!ナァ〜!」と鳴き続ける子猫が。その必死な様子が可哀想(なのと可愛いのと)で、一度部屋に戻り皿に餌を入れて近づくと、「ハァ〜!」と怒る。少し離れると「ナァ〜!ナァ〜!」とまた哀願するので、皿を置いて僕だけ離れると子猫は近寄り皿の餌を食べ始めた。
 白い毛並みに若干茶色の混じった色合いを見て、僕はその場で『ラテ』と名付けた。

 毎日マンション1階に餌と水を置くようになって暫く経ったある日、玄関のすぐ向こう側くらいから大きな鳴き声が聞こえる。やけに近いなぁとドアを開けると目の前にラテが。開けた途端に「ハァ〜!」と怒ったけど。どうやって2階のこのドアの主が餌を持ってくる人だと判ったのかは謎。それまでラテが階段を上がって来てたのを見たことは無かった。その日から餌と水は玄関の前に出すことにした。
 それからどのくらいだったか(多分2〜3週間)、今度はベランダ側の窓の外から鳴き声がするので開けると、ベランダにラテが。えっ?どうやって?と驚いたけど、ベランダ下の貯水タンクの上からジャンプしてきたらしい。よくそこがウチのベランダだと判ったなぁ…。ベランダに放置していた小さいロッカー型物置の中にベッドを作ると、ラテはそこで寝るようになった。いつもどこで寝てるんだろう?とちょっと心配していたんだけど、寝床を把握できて少し安心した。
ラテ写真一番古いもの
残っているラテの一番古い写真。玄関まで入って餌を食べているときだけ触らせてくれたけど、食べ終わると逃げる様に出て行く。'13年9月16日

 その年の10月、4日間の台湾旅行で家を空けることになり、その間マンションの隣人の友達に鍵を預けて、リム(は元々飼っていた猫)とラテの餌の世話をお願いした。勿論ラテは外暮らしなので餌を玄関前に出しておいて…と。そして旅行の初日の夜、その隣友人から餌やりの様子が写真でスマホに届く。で、ラテも部屋の中に居た…と。いや、入れて無いんだけど…。ウチの各部屋の窓には上側に小さなスライド小窓が付いていて、旅行中の換気のためにその小窓を開けておいたんだけど、ベランダ窓の小窓が開いていることにラテは気が付き、どうやらそこに飛び乗って入ったらしい。ベランダのロッカー型物置の上からでも、その小窓の小さく開いた部分(縦15cm×横40cmほど)まで距離も高さもあるのに…。ラテは観察力も身体能力も凄かった。

 ラテが部屋の中で過ごすようになったのは、この年の年末に近かったと思う。餌を室内で食べるようになってからも最初は食べ終わると逃げるように外に出て行ったんだけど、そのうち食べ終わってから僕ら夫婦が近づいても動じなくなり、部屋の中で暖かい場所を勝手に探し(大抵は元々リムのスペース)て寝るようになった。
 最初のうちは、夜になるとベランダの寝床にラテを寝かすようにしていたんだけど(実は賃貸の契約で1匹しか飼えない)、いつの間にか夜もウチの中で寝る様になった。とは言え、ノラの習性は抜ける訳も無く、1日に一度は「外に出して〜」とばかり、玄関脇やベランダ側窓横の壁をカリカリ爪研ぎをして僕らを呼び、そこでドアや窓が開くのを待つ。おかげでその部分の壁紙はボロボロ。もうウチの猫と思ってからは本当は外に出したく無かったんだけど(病気とかあるから)、閉じ込めっ放しもストレスで身体に悪い気もして(少しラテが嫌いなリムにも)、出たいと言うときは出していた。

 昼夜に限らず自由に外を出歩くので、ラテは時々他所でも餌を貰っていたらしい。前出の隣友人からもそうだし、同じフロアの別の住人からも。隣友人は僕に倣ってラテと呼んでいたけど、その同じフロアの人は別の名前で呼んでいた様だ(一度聞いたけど忘れた。和風の名前だった。 後に再度聞いたら“きなお”だった。きな粉のことだと思う)。向かいのアパートの人や(ラテがそのアパートの庇の上でよく寝ていた)他でもラテが餌を貰っているのを、僕は何度か目撃している。ラテはいくつ名前があったんだろう? 過去に2回か3回、2〜3日帰って来ないことがあって都度心配だったけど、もしかしたら他所でも部屋に入れていた人がいたかもしれない。
部屋で暮らし始めたラテ(と場所を侵食され始めたリム)
部屋で暮らし始めたラテ(左)と、ちょっと嫌がるリム(右)'13年12月31日
デスク上のラテの定位置
僕の仕事デスクの右隅がラテの定位置のひとつ。ここも元々はリムの場所だったけど。'14年5月17日
猫お約束の箱入り姿。『ラテ丼』。
上の写真と同じ箱で、猫写真お約束の『ラテ丼』。'15年7月8日

 ラテはよく、ウチの部屋の真下にある、敷地内のちょっとしたスペースに座っていた(そして下の部屋の人からもベランダ越しに餌を貰っていた)。ラテの“外回り”のルートは知らないけど、どうやら最後はそこに座るのがお決まりらしかった。
 嫁さんが仕事から帰ってくるときそこに居るラテを見つけると「ラテ〜」と声を掛けるんだけど、外で会うラテは僕らを見ても少しノラの顔をしていて、側に近寄ろうとすると若干後退りする。でも、やっぱり嫁さんのことは分かるようで、嫁さんが玄関開けて入って来た少し後から階段を上ってきて、「ナァ〜(開けて〜)」と鳴く。
 また、中々ラテが帰って来ないときは、ベランダから下を見ると大抵はそこに座っているので、「ラテ〜」と呼ぶと上の僕を見て「ナァ」と鳴いて歩き始める。僕は玄関に回ってドアを開けて待っているんだけど、「ナァ〜、ナァ〜」とずっと鳴きながらピョコピョコと階段を上ってくる姿が愛おしかった。

 この半年くらいだったか、僕らが寝る0〜1時頃にラテは外に出て行き明け方4〜5時頃にベランダから戻ってくる…という生活サイクルになっていた。暖かい時期だからベランダの窓は網戸状態で、ラテも未明で辺りの静けさに気を使うのか遠慮がちに「ナッ」と小さく短い声で一度だけ鳴くんだけど、その小さな声で僕は目が覚めて網戸を開ける。僕はすぐに布団に戻ってまた眠りに落ちる間にラテはリビングの餌場に直行。少しして餌を食べ終わったラテは布団に入ってきて僕の腕に頭を乗せて眠る…という毎朝のパターン。ラテがゴロゴロと喉を鳴らす音は大きく喧しかったし、あと、息が臭かったけど。多分内臓が悪くなったせいだろう。僕の顎に頭をグリグリと押し付けて甘えて来たときの感覚は今でも残ってる。
オレとラテ。クリスマスの朝。
'14年クリスマスの朝。まだ布団で寝ている僕とラテ。'14年12月25日

 一番最初にラテの異常に驚いたのは、去年の元旦、急にびっこを引いて歩き始めたとき。足を触っても特に反応しないんだけど、前足(右だったかな?)を着くときに力が入らないのかピョッコンピョッコンと歩く。病院に連れて行こうかどうか迷ったけど、結局それは2〜3日で何事も無かった様に消えた。
 次に驚いたのは今年の3月初旬に黄疸が出たとき。歯茎も鼻も唇も耳の中も真っ黄色と言えるほど。ネットで調べると黄疸が出た猫は(死ぬまで)早い…とか書かれているので、慌てて病院に連れて行った。ただ、黄疸が出ている以外は全く普通。食欲もあるし動向に何の変化も無い。結局血液検査だけで2万円取られて何も治療しないまま、一週間ほどで黄疸は消えた。もっとも検査の数値は一部酷く悪くて、このとき初めてラテが健康体では無いことを意識したんだけど。

 その後も急激に痩せたり(と思ってたら元に戻ったり)、やたらとヨダレを垂らす時期があったり…と、そんなに長くは生きられない猫かも…とは思っていたけど、さすがに2年ちょっとは予想外の短さだった。
 僕は自宅が仕事場なのでほとんどずっと猫達と一緒に過ごす訳だけど、リムは家猫だから事故や伝染病に対しては比較的安心できる反面、毎日必ず出掛けるラテのことはいつも少し心配で、この2年ほどの間はラテの存在は僕にとって特別だったかもしれない。そういう意味では大きな心配のネタがひとつ減った訳だけど、外階段を鳴きながら上がってくる姿や、明け方ベランダの外で一声だけ「ナッ」と短く鳴いて網戸が開くのを待っている姿がもう見れないのは、やっぱり少し寂しい。室内だけじゃ鳴く、マンション敷地内や周辺にもあちこちラテの思い出が残ってる。
マンションの外廊下で昼寝するラテ。
マンションの外廊下で昼寝するラテ。僕ら以外の住人が近付くと逃げるけど。'14年7月25日

 小二のときに初めて猫を飼って以来、十数匹の猫達との別れを経験しているんだけど、死ぬのはいつも学校や会社に行っている間だったり実家を出た後の出来事だったから、今回初めて死に際を看取った。それとわずか2年弱とは言え、こんなに日常長い時間一緒だった猫が死んだのも初めてだ。結局のところ、実家の猫はお袋が飼っていたようなもので。
 ラテは最後の2〜3時間、急に呼吸の間隔が短くなり、残りの1時間弱は何度も身体が痙攣を繰り返した。多分苦しかっただろうと思う。目を見開いたまま呼吸が止まった直後も、身体がビクッ、ビクッっと十数秒間隔で2〜3回大きく動いた。まだ生きてるのかな?とお腹の動きを見つめたけど、やっぱり止まったまま。自分で猫の死亡を確認するのは初めてだから、なんだか「死んだ」と思って良いのかどうか一瞬迷った。暫くして身体が硬く冷たくなってくるから、「ホントに燃やして良いのかな?」という心配をするまでも無かったけど。

 最後の10日間ずっとほとんど寝ていて食べても無かったので、すっかり骨と皮の状態になっていたけど、それでも自分でトイレに行ったし(お漏らしもしたけど)水も飲んでいた。寝ていた場所も時々自分で移動していたし。3日目から注射器型のスポイトで流動食を舐めさせるようにしていたけど、5日目くらいから少し自分で食べるようになっていたし、死ぬ前の晩に寝床の横に少し出してあった餌も朝には無くなっていて、最後の朝も寝床から出て来て僕の方に鳴きながらヨロヨロと歩いて来ていたので、また少し元気になるかな?と思ったりもした。とは言え、症状から明らかに腎臓が悪く、それはどうやら治ることも長生きすることも無いらしい…というのは知っていたから、その後すぐに呼吸が急に短くなってからは、今晩は持たないかもしれないなぁ〜と思い直した。まさかそこから2〜3時間で死んでしまうとは思って無かったけど。

 ただ、良かったと思うのは、たまたま嫁さんが仕事が連休だったこと。最期を一緒に看取れたし、翌日火葬場へ亡骸を預けに行くときも一緒に行ってお別れをすることができた。ラテが嫁さんの連休を狙ったとは思えないけど、二人が朝からずっと部屋に居たから安心して力が抜けたのかもしれない。
抱き上げるととにかく脱力するラテ。
抱き上げると全力で脱力する猫だった。'14年3月31日

 ラテが死んだ5日の夜、前述の元隣友人(結婚して引っ越した)夫婦との飲み会の予定をたまたま入れていたので、そこでラテの死を直接伝えられた(これもラテは知ってたのか?)。で、帰って来てから酔っていたせいもあり、留守番させていたラテの亡骸を見て初めて急に涙が出て来た。去年好きだったお袋が死んだけど、未だに一粒の涙も流して無いのに(苦笑)。猫が死んで泣いたのは、小二のときに僕にとって初めてのペットだった“ニャン太”が、たった半年ほどで事故で突然死んだとき以来かも。

 もしかしたら、強引にでも部屋に閉じ込めて飼っていたら病気にはならなかったかもしれない…とも思わなくは無いけど(病気は生まれつきだったかもしれないし、死因も調べて無いけど)、外に出たがりつつも必ず帰って来て一緒に寝てくれることはラテが自分で選んだ訳で、強要しなかったが故に僕らが得られた幸せだとも思う。短い間だったけど僕ら夫婦のところに来てくれてありがとう(…とラテに言っておいた)。
ラテの一番可愛い顔の写真。
多分一番写りの良い顔のラテ写真。'14年2月8日
死んだラテ。黄色い花が似合う。
最後のラテ写真。'15年10月5日
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売るに売れないケース無しCD 全タイトル

前々記事“断捨離『CD編』”の資料ページ。

 さて、こちらは最後に“断捨離対象”になったけど、最初に保存版と決めてプラケースを捨ててしまい行き場を失ったCD達。中途半端に37タイトル。


【YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)】
◇ YMO リミキシーズ テクノポリス2000-00(リミックス盤)
◇ YMO リミキシーズ テクノポリス2000-01(リミックス盤)

【ヤモ】
◇ タイム・パイ

【デペッシュ・モード】
◇ ニュー・ライフ
◇ サウンズ・オブ・ザ・ユニバース
◇ ストレンジ・ラヴ(ロングバージョンのミニアルバム)
◇ ソングス・オブ・フェイス・アンド・デボーション
◇ ウルトラ
◇ エキサイター
◇ プレイング・ジ・エンジェル
◇ フォー・ザ・マースィズ 〜デペッシュ・モード・トリビュート〜

【U2】
◇ ハウ・トゥ・ディスマントル・アン・アトミック・ボム(2枚組)
◇ オール・ザット・ユー・キャント・リーヴ・ビハインド
◇ ズーロッパ
◇ ポップ
◇ ザ・ベスト・オブU2
◇ アクトン・ベイビー
◇ 魂の叫び(Rattle and Hum)

【アダム・クレイトン&ラリー・ミューレン】
◇ ミッション・インポッシブルのテーマ

【ウルトラヴォックス】
◇ システム・オブ・ロマンス
◇ ザ・コレクション
◇ ライヴ・イン・イタリー
◇ エクステンデッド・ウルトラヴォックス

【ミッジ・ユーロ】
◇ アンサーズ・トゥ・ナッシング
◇ ピュア
◇ ブリーズ

【デュラン・デュラン】
◇ ストレンジ・ビヘイヴァー(2枚組)
※DURAN 2 は最初に全て保存版にしていたんだけど、9タイトルのプラケースが何故か残っていて“無事”BOOK OFF行き。

【スクリッティ・ポリッティ】
◇ アノミー&ボノミー

【ハワード・ジョーンズ】
◇ イン・ザ・ランニング
◇ エンジェルズ&ラヴァーズ

【デヴィッド・シルヴィアン】
◇ デッド・ビーズ・オン・ア・ケイク
◇ ゴーン・トゥ・アース

【JBK】
◇ _ISM

【ドルフィン・ブラザーズ】
◇ キャッチ・ザ・フォール

【スティーブ・ジャンセン&リチャード・バービエリ】
◇ ストーン・トゥ・フレッシュ

【ミック・カーン】
◇ ベスチャル・クラスター

【ガーベイジ】
◇ バージョン2.0

【スウィングアウト・シスター】
◇ イッツ・ベター・トゥ・トラヴェル


 さて、どうしたもんか…。


→【マイ・フェイヴァリットCD 全タイトル】(2015.8現在)
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マイ・フェイヴァリットCD 全タイトル

前記事“断捨離『CD編』”の資料ページ。

 今回(2015.8)の断捨離の結果、処分せず残したCD全90タイトル。それなりに好きなアーティスト作品でも処分したものが結構あるんだけど、できるだけ枚数を減らすために最終的に決めた保存盤の条件は…

 (概ね)全曲好きで、今でもなんだかグッと来るアルバム

 結果的に残ったのは、当時「擦り切れるほど聴いた」ものが多いので、曲が良い、好み、ということの他に、当時の思い出や雰囲気を感じる刷り込み効果が多分にある気がする…。


【YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)】
◇ イエロー・マジック・オーケストラ(日本版)
◇ イエロー・マジック・オーケストラ(米国編集盤)
◇ ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー
◇ 公的抑圧(パブリック・プレッシャー)
◇ X∞増殖
◇ BGM
◇ テクノデリック
◇ サーヴィス
◇ コンプリート・サーヴィス(2枚組)
◇ テクノドン
◇ テクノドン・リミックス
◇ ライヴ・アット・紀伊国屋ホール1978
◇ ライヴ・アット・武道館1980
◇ フェイカー・ホリック(2枚組)
◇ YMO GO HOME(2枚組)
◇ UC YMO(2枚組)
◇ ハイ・テック/ノー・クライム(リミックス盤)
◇ YMO vs ザ・ヒューマン・リーグ(リミックス盤)

【コズミック・ヴィレッジ】
◇ ナイス・エイジ(YMOリミックス盤)

【坂本龍一】
◇ 千のナイフ
◇ B-2 UNIT
◇ 音楽図鑑完全盤

【高橋幸宏】
◇ サラヴァ
◇ 音楽殺人
◇ ニウロマンティック
◇ ホワット・ミー・ウォーリー? ぼく、だいじょうぶ?

【サディスティック・ミカ・バンド】
◇ ホット・メニュー!
◇ 黒船

【クラフトワーク】
◇ アウトバーン
◇ 放射能(Radio Activity)
◇ ヨーロッパ急行(Trans Europe Express)
◇ 人間解体(Man Machine)
◇ コンピュータ・ワールド
◇ エレクトリック・カフェ
◇ THE MIX
◇ エキスポ2000
◇ ツール・ド・フランス・サウンド・トラック
◇ ミニマム・マキシマム
◇ トリビュート・トゥ・クラフトワーク

【デペッシュ・モード】
◇ ア・ブロークン・ファーム
◇ コントラクション・タイム・アゲイン
◇ サム・グレート・リウォード
◇ ブラック・セレブレーション
◇ ミュージック・フォー・ザ・マッセーズ
◇ デペッシュ・モード101〜ライヴ・イン・パサディナ〜(2枚組)
◇ ヴァイオレーター

【ウルトラヴォックス】
◇ ヴィエナ
◇ エデンの嵐(Rage In Eden)
◇ カルテット
◇ ラメント
◇ U-VOX
◇ オール・ストード・スティル・イン・福岡(ブート盤)
◇ プライヴェート・ライヴス・イン・東京(ブート盤)
◇ ワン・スモール・デイ・イン・ロンドン(ブート盤)

【ミッジ・ユーロ&ウルトラヴォックス】
◇ イフ・アイ・ワズ:ヴェリー・ベスト・オブ・ミッジ・ユーロ&ウルトラヴォックス

【ティアーズ・フォー・フィアーズ】
◇ ザ・ハーティング
◇ シャウト(Songs From The Big Chair)
◇ シーズ・オブ・ラヴ

【JAPAN】
◇ アッセンブラージュ
◇ クワイエット・ライフ
◇ 孤独な影(Gentlemen Take Polaroids)
◇ 錻力の太鼓(Tin Drum)
◇ オイル・オン・キャンヴァス

【U2】
◇ WAR〜闘〜
◇ 焔(The Unforgettable Fire)
◇ ヨシュア・トゥリー

【ニック・カーショウ】
◇ ヒューマン・レーシング
◇ ザ・リドル
◇ レディオ・ミュジコーラ
◇ ザ・ワークス
◇ ザ・コレクション

【ハワード・ジョーンズ】
◇ かくれんぼ(Humans Lib)
◇ ドリーム・イントゥ・アクション
◇ ワン・トゥ・ワン
◇ クロス・ザット・ライン
◇ ライヴ・アコースティック・アメリカ
◇ メタモファシス

【Yazoo(Yaz)】
◇ オンリー・ユー(Upstairs at Eric's)

【デュラン・デュラン】
◇ リオ
◇ デュラン・デュラン(ザ・ウェディング・アルバム)

【ザ・パワー・ステーション】
◇ ザ・パワー・ステーション

【カジャグーグー】
◇ 君はトゥー・シャイ(White Feathers)

【ロキシー・ミュージック】
◇ アヴァロン

【シンプル・マインズ】
◇ スパークル・イン・ザ・レイン

【ピーター・ガブリエル】
◇ So

【ドナルド・フェイゲン】
◇ ザ・ナイトフライ

【トーマス・ドルビー】
◇ 地平球(The Flat Earth)

【スクリッティ・ポリッティ】
◇ キューピッド&サイケ85

【ジャミロクワイ】
◇ トラヴェリング・ウィズアウト・ムービング 〜ジャミロクワイと旅に出よう〜

【MARRS(マーズ)】
◇ パンプ・アップ・ザ・ヴォリューム


 さて、下記の面々を処分しカジャグーグーを残すのか〜!と、自分へ突っ込んだり…。

 ちなみに残した上記のアーティストのうち、U2、デペッシュ・モード、ハワード・ジョーンズ、シンプル・マインズ、デュラン・デュラン、高橋幸宏…辺りは、一時大好きだったせいでその後惰性で買っていた時期も長く、結局処分した枚数の方が圧倒的に多い。

 そして以下は、複数枚持っていたけど1枚も残さず処分したアーティスト。
a-ha、ABC、バックストリート・ボーイズ、バナナラマ、ザ・ビートルズ、ベル・ビヴ・ディヴォー、ビッグ・カントリー、ブラック、ブロンスキー・ビート、ブロス、ブライアン・フェリー、ボン・ジョヴィ、ザ・カーディガンズ、ザ・カーズ、ザ・ケミカル・ブラザーズ、カルチャー・クラブ、ザ・コミュナーズ、キュリオシティ・キルド・ザ・キャット、デビッド・ボウイ、デビッド・シルヴィアン、デッド・オア・アライヴ、エレクトロニック、ユーリズ・ミックス、エヴリシング・バット・ザ・ガール、フランキー・ゴーズ・トゥー・ハリウッド、ガーベイジ、ジョージ・マイケル、ホリー・ジョンソン、ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース、ヒューマン・リーグ、インフォメーション・ソサイアティー、INXS、THE KLF、カイリー・ミノーグ、レッド・ツェッペリン、レヴェル42、リンプ・ビズキット、リンキン・パーク、リヴィング・イン・ア・ボックス、ロンドン・ビート、M.C.ハマー、ミック・カーン、ミッジ・ユーロ、ザ・モンキーズ(←LP残し前提)、Mr.ミスター、ポール・ヤング、ペット・ショップ・ボーイズ、リック・アストリー、ライト・セッド・フレッド、ロビー・ネヴィル、ロバート・パーマー、Run-DMC、シンプリー・レッド、スケッチ・ショウ、スパンダー・バレエ、スパイス・ガールズ、スティング、スタイル・カウンシル、スウィング・アウト・シスター、テイ・トウワ、トンプソン・ツインズ、アンダー・ワールド、ワン・チャン、ワム、オフコース、土屋昌巳、電気グルーヴ、808ステイト

 更に1枚しか持ってなくて処分したのは数知れず…。
 いずれにしても上記を見れば明らかな様に、YMO系とクラフトワーク以外は(それだけで大半だけど)、残したのも処分したのも80〜90年代半ばの英国系ポップ、テクノが中心。…って言うか、2000年以降にメジャー・デビューしたアーティストでCDを買ったのは、リンキンくらいかも…(1stアルバムがギリギリ'00年発売)。

 ちなみに、友人・知人のジャズ・アルバムが全部で10枚ほどあるけど、主旨と違うので割愛(勿論、楽曲好きだから保存盤)。


→【売るに売れないケース無しCD 全タイトル】(2015.8現在)
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断捨離『CD編』。

 ほんの10〜15年くらい前までは僕の部屋は(比較的整理はされていたものの)モノで溢れていた。例えば漫画の単行本や定期購読の雑誌、古くはカセットテープ、アナログ盤レコードやVHSテープの様な少しずつ確実に溜まっていくモノや、押入れの奥で何年も眠り続ける微妙に踏ん切りが付かず捨てられないモノ。あと概ね読み返すことはない新刊本や文庫本。それと食玩やプラモ、鉄道模型やミニカーなんかのオモチャ類。
 たまの引越しや趣味が変わったりで時々一気に処分するんだけど、その隙間を埋める様にまた別のモノが溜まり始める。買っては捨て…の繰り返し。漫画の単行本なんて一度数百冊を全部処分した後にまたジワジワと増え、つい4年ほど前に約2百冊を再び処分したばかり…。
 ずっとそんな感じだったのが、10年くらい前(40歳前後)からようやくお金の使い方がモノからコトへと変わってきて、以前と比べれば随分物欲が減って余計なモノを買わなくなったし(何かちょっと欲しくなっても、どうせ後で捨てるのか…と思うと)、モノを沢山持っていること自体に嫌気が差してきて処分の方も少しずつ進め、今では随分部屋がすっきりした。もう少しで無駄と思えるモノは全て排除できそう。

 で、今回、最大の難関だった“音楽CD”を、ついに断捨離した。…と言っても、90タイトルだけ残すことにしたんだけど。

 10年くらい前まで640〜650枚ほどあったCD。ただ、ジャケ買いや流行りで買ったものの、その後ほぼ聞いてないのも結構あって、数年前からそういうのを中心にiTunesに(ほとんどAACだったので)Appleロスレスで再取り込みしてから処分していた。それが300枚ほどまで減らしたところでHDDの容量が無くなったのと、枚数が減るに連れて愛着度が高くなるので選別が面倒になり、この2年くらい作業が止まっていて…。

 実はこの10年ほど普段音楽を聴かなくなっていたので、雑誌やマンガと違って一応音源はiTunesに残すし、最悪バックアップも含めて飛んでしまっても、今時1曲単位で簡単に手に入るし(音楽はiTunesでしか再生しないのでCDクオリティは不要といえば不要)、CDの紙ジャケがそんなに愛おしいかと言うと…?。やっぱり1枚残らず捨てても良いんじゃ無いかとも思った。断捨離の本質的に。ただ、25年以上も買い集めて来たことや、本当に好きなアーティストやアルバムは中々吹っ切れず、フェイバレット盤だけは…と。

 それにしてもいざ処分するとなると、選択の基準に悩んだ。1〜2曲だけ今でも気に入っているアルバムや、ファンとは言えないけど割と好きな大御所の名盤やベスト盤なんかを残すと、枚数が全然減らない。結局基準を『ほぼ全曲好きで、今でもなんだかグッと来るアルバム』に変更した。
 するとそのほとんどが、お金が無くてLPやCDを簡単には買えなかった、一番音楽にハマっていた頃に聴いた作品に集中した。'80年代+αの10数年間。いわゆる“80's”モノがメイン。
 しかし、その後少し好みが広がったにしても、基本的に僕の“音楽耳”はこの時期で止まったんだなぁ〜と、今回自分で選んだCDを再聴しながら改めて。いや、知ってたけど。

 ここ数年の音楽の好みは、ジャズ・ライヴだったりクラシックのピアノ曲だったり、とにかく“生音”や“生演奏”が中心で、ヒットチャートで流れる“最新の作られた音”を聴いてもほとんど何も感じなくなった。YMOやクラフトワーク、ニュー・ロマンティクス系の古い電子音は、未だにグッと来るって言うのに。極稀にちょっと良いなぁ〜と思うヒット曲があっても、どこか'80〜'90年代初めの雰囲気があったりする。まぁ、歳を喰った証拠か…。
(ちなみに少し前にちょっと気に入ったのはコレ↓)


 で、作業をコンプリートさせる段階で少し後悔が…。
 実は最初に自分の中で普遍的だと思うアーティストのCDは全部残すと決め、さっさとプラケース(背/裏面の紙ジャケを挟んだまま)を捨ててファイリングしたんだけど、枚数減らしを進めていく中でこの中からも処分相当盤が結構出てきた。いや、最初に盲目的に決めずに考えるべきだった。それらは最初から保存盤では無かった筈。
 好きな(好きだった)アーティストでも惰性で新譜を買っていた時期のモノだったり、今聴くと当時ほどの思い入れを感じられ無かったり…と、合わせて37タイトル。これ等はプラケースが無くいからBOOK OFF行きは不可能。つまり“処分=捨てる”となり、それはそれでなんか勿体なくて…。保存スペース的はファイル1冊だから特別邪魔にはならないんだけど、なんか“二軍”感満載のCDファイルが…。


 ところで、実はアナログ盤LPが四半世紀以上実家に置きっ放しだったりする。先月お盆で帰省したときに数えてみたら約70枚あった。レコード店の売り場面積の半分以上がCDに移行する頃まで買っていたもの。
 ちなみに人生で一番最初に自分で買ったLPは、映画版『銀河鉄道999』のサントラ。音楽にハマり掛ける中学一年の頃('79年)に買った。勿論まだある。最初はLPなんて早々買えず、たまたま当時TVで再放送していて好きになり、たまたま家にLPがあったザ・モンキーズを聴いていた(LPの話は、また別の機会に)。
 で、アナログ盤は基本的に処分せず、いずれインテリアとして飾ろうとか思ってたりするんだけど、半分以上はCDとタイトルが被ってる(大半をCDで買い直したつもりでいたんだけど、LPしか無いのが結構あって驚いた)。同じ音源をCDとLPで両方持つ意味って何かあるんだろうか?(現状レコード・プレーヤーはウチに無いけど)。小さなパンフ的冊子みたいなCDジャケットには一辺30cmの厚紙ジャケットの存在感は全く無いから、CDクオリティの音源を持つ意味合いになるんだけど…(それはLPが有ろうと無かろうと同じか)。仮にLPと被っているCDのみ処分するとしたら、それはそれで“断捨離”の中途半端感があるし…。
 久しぶりにLPジャケットを見て、こんなにデカいのを学校に持って行って友達同士で貸し借りしてたんだよなぁ〜なんて思い出しながら、やっぱりCDは要らないのかな…なんて、また迷い始めて。

 って言うか、LPは持っておくのか?オレ。
保存盤CDファイルケース
→【マイ・フェイヴァリットCD 全タイトル】(2015.8現在)
→【売るに売れないケース無しCD 全タイトル】(2015.8現在)
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