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ペトロフが素晴らしい。
4月の旅行記が途中で止まったままだけど、ちょっと先日あった話を。
ここのところ“ピアノが欲しい病”を患ってる。たまに表面化する持病。まぁ、僕はロクに弾けないし、そもそも今のマンションは『ピアノ不可』なんで、金銭的な問題も含めて極めて実現性も低い話で…。まぁ、いつもの妄想の話。
その持病。今まではピアノ熱が上がる度「どうせ生ピアノは置けないし…」と、鍵盤タッチがリアルなキーボードや電子ピアノばかり調べてたから、生ピアノのことは良く知らなかった。でも、どんなに本物に似ていても電子ピアノはあくまで“家電”。色んな意味で。
電子ピアノには当然“弦”が無い。これが最大の利点であり欠点で、勿論利点は音量をコントロールできること。欠点の方は致命的で、誰が弾いていも同じ音が出てしまうもんで、『打弦楽器』たるピアノの演奏技術を指先と耳で確認しながら練習できないこと。僕は今まで鍵盤のタッチがどれだけ本物に近いか?ばかりが気になっていて、この点をスコっと見落としていた。
それと個人的に電子ピアノには、所有感をくすぐる様な魅力を感じ無い。年々僕の嗜好が、旧いバイクや車、クロモリフレームの自転車、機械式時計や革製品、木や鉄素材のモノと言った、アナログ&シンプル&ナチュラル方向に向かっているせいだ。その点においてもアコースティックピアノは至高。
実はつい最近まで、僕はグランドピアノのタッチはやたらと重いもんだと思い込んでいて(多分、昔実家にあったアップライトの鍵盤が軽過ぎたんだろう。学校の体育館や音楽室で触るグランドピアノの鍵盤が重い…という記憶のイメージで)、構造上それが勘違いだったと知ったばかりで、最近グランドピアノを試弾したらタッチのあまりの気持ち良さに感動してしまった。アップライトに比べて連打性が高いこともこのとき初めて知ったり。僕にはそれを生かす技術も必要も無いけど…。
とにかくそんな“発見”があって、ここ最近急にグランドピアノに惹かれてた。アップライトすら置けない状況を棚に上げて…。まぁ、お金も腕も無くても、素晴らしい性能のスポーツカーを欲しいと思うのと同じだ。
で、探すと都合の良い製品を誰かが考えてるもんで、『グランフィール』と言う商品を見つけた。アップライトピアノをグランドピアノの様なタッチに変えるらしい。
これなら部屋にアップライトさえなんとか置ければグランドピアノのフィーリングを…と、更に妄想は膨らみ、今度はアップライトピアノの防音方法を探し始める。でも、防音室の設置は現実的では無いし、サイレント機能は結局電子ピアノになってしまうのが嫌な上、音漏れを気にしてずっとサイレント状態…というオチになりそうで、何か上手くアップライトピアノを生のまま防音・静音する方法は無いかな?と探していたら、これまた発見。『ナイトーン』と言う商品。サイトや動画だけだと消音性に若干怪しさを感じつつも、俄然興味が湧いてくる。
で、ここから本題。
そのナイトーン入りピアノを試弾できるところを探していたら、『ペトロフ』というチェコ製のピアノを扱う『ピアノプレップ』という正規輸入代理店が出てきた。初めて聞くブランド。ネット上では賛否が両極端。でも、150年も歴史があるメーカーだったり、材料から製造までほぼチェコ産でほとんど手作りのピアノなのに、国産より少し上くらいの価格帯で夢のまた夢…という感じでも無く(←気のせい)、本物を見てみたい気持ちが瞬時に大きくなった。で、結局我慢出来ずにその三日後、白金台にあるピアノプレップへ向かった。“白金台+外国製ピアノ専門店”という場違い感に、若干腰が引けつつ…。
(↑ペトロフの欧州のブランドらしいマーク)
都営三田線の白金台駅から徒歩7〜8分、桜田通り沿いのビルの一階にピアノプレップはあった。通り側はガラス張りのショールームで、2人の人がピアノの調整をしているのが見える。営業中なのに入り口は鍵が掛かっていたりして、ちょっと欧州の店の雰囲気だ。やっぱり微妙に敷居が高い…。
一瞬躊躇したもののここまで来て帰る選択肢は無いので、ガラスの扉をノックする。すぐに僕に気付き鍵を開けてくれた。「買う予定は当面無くて見たいだけなんですけど、お邪魔して良いですか?」と、横柄なのか低姿勢なのか解らない台詞を発すると、どうぞどうぞと。
対応してくれたのは社長の山内さん。ペトロフの説明だけでは無く、試弾と共にピアノの細かい構造や調整方法の話をしてくれたのだけど、目ウロコの話が多くてやたら驚くやら感心するやら。
まず、アップライトの一番低価格(125万円)のモデルを試弾させて貰うと、これが偉く弾き易い…いや、気持ち良い。アップライトなのになぁ〜と言う感じの驚き。素性の良いピアノをキチンと調整すると、こんなに印象違うものなのか…と。
僕はアップライトピアノはグランドピアノの廉価版と思っていたんだけど、どうも海外ではアップライトにはグランドとは違う別の良さがある…というのが共通認識らしい。これは確かにそうかもしれないと思い始める。
(↑ペトロフアップライトピアノの中)
(↑赤と緑のフェルトの厚みで鍵盤の高さと深さを調整)
(↑丁寧に調整されて綺麗に上面の高さを揃えられた鍵盤)
で、気になっていた“ナイトーン”については、感覚的に生音の10分の1くらいに感じるもんで結構驚いた。通りに面した天井の高いショールームとマンションの部屋で聴くのとでは印象が違うだろうけど、夜、部屋でTVを観ているときの音量の方が大きい気がする。まぁ(※個人の感想です)だけど。アップライトのミュート機能ってたいして音量は小さくならないんだけど、それより若干絞れるくらいかな?…とか勝手に思ってたんで、いや、これ凄いな。
それにナイトーンだとミュートした時のこもった感じがせず、音量だけが小さくなってピアノの生音らしさが残る印象。若干角は丸くなるけど。なんにしても、まるで電子ピアノで凄くボリュームを下げているかの音量なのに、それが生音というのが信じられない。
セット時にピアノ本体に加工の必要が無いのも良い。元々あるミュート用のフェルトを差し替えるだけなんで(アクションの調整は必要)、サイレント機能を後付けする時の様に「ピアノに穴を開けるのか…」と言った、ある種の後ろめたさを感じないで済む。なんか宣伝文句みたいだけど。これなら本当にマンションでも(深夜は別として)普通に弾けそう。じゃぁ、いつ部屋で原音で弾けるか?と言う、悩ましい問題は残り続けるけど。
中身は同じでボディーの材質や表面仕上げだけが違う製品も聴き比べた。これがまた、外装の違いだけなのにかなり音質が変わる。考えてみれば、アコースティックギターやそれこそバイオリンなんて材質で全然違うんだろうけど、ピアノも弦と木の楽器ということで同じなのかもしれない。…にしても、随分変わるもんで驚いた。
家具的に木材や仕上げが選べるのもペトロフの利点だけど、同じモデルでも好みの音質が選べるのは面白い。音質と外装の好みがズレると悩ましいけど。
それと、ピアノ内部の美しさにもやられる。蓋を開けて弾くことが多いグランドピアノと比べて普通は閉じたままのアップライトの内部は、もっと平板で素っ気ないイメージだったんだけど、ペトロフは機械式時計の美しいムーブメントを見ている様でグッとくる。山内さん曰く、チェコの本社工場では、地元のおばちゃんたちが昔ながらの方法で手作りしているらしい。価格帯を考えるとちょっと涙モノだ。
(↑アップライトピアノの内部)
3台置いてあったグランドピアノも全て試弾させてくれた。流石にタッチも音色も素晴らしいけど、ペトロフアップライトの気持ち良さを感じた直後だったし、グランドピアノの良さはこの圧倒的な響きがあればこそ…と改めて思う。
3台のうち1台は5年落ちの中古。購入時に象牙鍵盤に入れ替えたという贅沢な仕様で、その隣の新品と比べてわずか5年差とは思えない角の落ちた深い音色と相まって、何十年も前のオールドピアノの様な風格がある。前オーナーはペトロフのアップライトを買って気に入り、グランドピアノも欲しいと防音室まで用意したらしいんだけど、どうもそこでは吸音され過ぎるらしくてショールームで弾いた時の深い音が鳴らず、気に入っているアップライトもあるし誰か環境の良い人に持って欲しい…と、ここに戻ってきたそうで。環境的に持てても『ここには勿体無い』と言う理由で手放す人の深いピアノ愛には脱帽だけど、この音を聞くとその気持ちも解る気がする。
(↑ペトロフグランドピアノの内部)
グランドピアノの連打性の高さについて話をしてみると、「実は…」と蓋が開いているアップライトのアクション部分を指しながら、山内さんが説明を始めた。
ちなみにグランドピアノの鍵盤は一番底まで押して音を出した後、鍵盤が完全に上まで戻り切らなくても途中で押すとまた音が出るので、1秒間に最大14〜15回連続して鳴らせるらしい。ところがアップライトピアノは構造上完全に鍵盤が戻り切らないと次の音を出せない。つまりグランドピアノより連続して音を出せる間隔が長くなり、秒間6〜7回が限度みたいだ(僕には今のところこれで十分過ぎるけど)。この辺りはネットで知った話。
で、山内さん曰く、アップライトピアノで連打する場合、鍵盤を底まで押し込まず浅い部分で繰り返せば連打性が上がる…と。実際ハンマーの動きを見ながら鍵盤をゆっくり触ってみると、完全に鍵盤を底まで押し込まなくても音が出る位置がある。ギリギリそこで指を離せば鍵盤が戻る時間が短くなる訳だ。アップライトの方がある意味繊細さが必要なのかもしれない。
もうひとつアップライトピアノの機能を生かしたなテクニックがあって、3本あるペダルの左側(アップライトではソフトペダルと言うらしい)を踏むと、ハンマーと弦の距離が近付いて同じ力で弾いても音が小さく柔らかく鳴る機能なんだけど、このアクションの構造を利用して連打性を上げることもできる…と。音は少し小さくなる訳だけど、トリル(隣同志の鍵盤を交互に細かく連打する奏法)を入れるときは大抵小さい音の様な気もするので、実用上は問題無さそう。
僕がこの話で一番興味を惹かれた点は、アップライトでもグランドピアノと同じ様に音を出せるという点以上に、アップライトピアノを上手に弾きこなすためにはグランドピアノとは違ったテクニックが必要だという点。つまり海外での認識通り、アップライトはアップライトの“良さ(面白さ)”がある訳だ。僕自身が実際ここでアップライトを弾いて気持ち良かったことも含めて、グランドピアノの方が上…というイメージが完全に無くなった。
この時点でアップライトピアノ独自の奏法の方に興味が行ってしまったので、もうひとつ気になっていた“グランフィール”の件はすっかりどこかへ消え…。
店内にあったアップライトピアノのうち、一番背の高いモデルの音を聴いたときのその響きの豊かさや迫力も、僕の中のピアノヒエラルキー的なイメージを消した一件。グランドピアノの小さい奴と比べたら遜色無い…は言い過ぎかな。でもそのくらいの印象。スペースは狭くても騒音問題が無いなら、こういう背高アップライトを選ぶのも良いかもしれない。あぁ、ちょっとしたバーとかカフェに置くとか似合いそう。
山内さんは、ピアノの調整部分を試しに一箇所弄ると、その前後で音質やタッチがどう変わるかを鍵盤を押させてくれたので、その変化が想像以上に大きいことを実感できた。1つの鍵盤につき幾つも調整箇所があってそれを88鍵分やる訳だから(2〜3日掛かるらしい)、この調整でピアノの印象が相当変わるのは容易に想像がつく。いかようにも好みに合わせられるのかも…とすら思わせる。この細かい調整作業を『プレップアップ(精密調整)』と言うそうだ。
(↑わざわざグランドピアノのアクション部分を外して見せてくれた)
山内さんの経歴は店舗サイトを見てもらうとして、その経験上、これまで一部の高級ピアノを除いて、精密に調整され維持されているピアノに出会うことが少なかったそうで。ペトロフの販売を始めた今も他社製品の出張調整は頼まれることがあって、“調律”しかされて来なかったであろうものが多い…と。
実は今まで(そもそもマイナーだけど)ペトロフの評価が日本で低い理由は2つあるらしく、ひとつは、チェコが社会主義体制時代にペトロフが国営だった頃、品質に若干バラツキがあったらしいこと。もうひとつは、出荷時の時点ではまだ調整が完全ではないらしいということ。これは向こうでは、販売店側で(一人一人の好みに合わせることも含めて)しっかり最終調整をして納品するのが当たり前…という考え方がある様で、これまでペトロフピアノを納品した日本の店が、もし、工場出荷時にそれなりの品質で仕上げられている国産ピアノしか扱ったことの無い店舗だとすれば、そもそも納品前に調整する必要すら知らないのではないか?と。
山内さんがペトロフだけを扱う代理店として独立した理由は、まずはペトロフピアノのポテンシャルの高さが日本では知られていないので、これをきちんと“プレップアップ”して販売したいこと。そしてそのプレップアップ自体、どんなピアノにも必要なことを日本でも根付かせていきたい…と。本当にその真摯な姿勢には頭が下がる。
勿論ピアノプレップで納品するペトロフピアノは、全て2〜3日かけてしっかりプレップアップするらしいんだけど、その調整でピアノが満足する仕上がりになると、毎回同じ様に「今回のは良く出来たなぁ〜」と暫くニヤニヤしながらピアノを眺めているらしい。なんだか色々羨ましい。
僕は“チェコ”で思いつく製品は「シュコダ」くらい…と話すと、予想以上に山内さんにウケた。シュコダというのはチェコの古い自動車メーカーなんだけど(今はVW傘下)日本では無名なので、シュコダの名前が出てくること自体が意外だったんだろう。まぁ、そんな感じでピアノに絡めて他にも面白い話が尽きず、店を訪ねたのは閉店一時間前だったのに、三時間以上もお邪魔してしまった。おかげで、ちょっと見に行っただけなのに、店を出る頃にはすっかりペトロフとピアノプレップ、そして山内さんのファンになってしまい…。まったく困ったもんだ。
ここのところ“ピアノが欲しい病”を患ってる。たまに表面化する持病。まぁ、僕はロクに弾けないし、そもそも今のマンションは『ピアノ不可』なんで、金銭的な問題も含めて極めて実現性も低い話で…。まぁ、いつもの妄想の話。
その持病。今まではピアノ熱が上がる度「どうせ生ピアノは置けないし…」と、鍵盤タッチがリアルなキーボードや電子ピアノばかり調べてたから、生ピアノのことは良く知らなかった。でも、どんなに本物に似ていても電子ピアノはあくまで“家電”。色んな意味で。
電子ピアノには当然“弦”が無い。これが最大の利点であり欠点で、勿論利点は音量をコントロールできること。欠点の方は致命的で、誰が弾いていも同じ音が出てしまうもんで、『打弦楽器』たるピアノの演奏技術を指先と耳で確認しながら練習できないこと。僕は今まで鍵盤のタッチがどれだけ本物に近いか?ばかりが気になっていて、この点をスコっと見落としていた。
それと個人的に電子ピアノには、所有感をくすぐる様な魅力を感じ無い。年々僕の嗜好が、旧いバイクや車、クロモリフレームの自転車、機械式時計や革製品、木や鉄素材のモノと言った、アナログ&シンプル&ナチュラル方向に向かっているせいだ。その点においてもアコースティックピアノは至高。
実はつい最近まで、僕はグランドピアノのタッチはやたらと重いもんだと思い込んでいて(多分、昔実家にあったアップライトの鍵盤が軽過ぎたんだろう。学校の体育館や音楽室で触るグランドピアノの鍵盤が重い…という記憶のイメージで)、構造上それが勘違いだったと知ったばかりで、最近グランドピアノを試弾したらタッチのあまりの気持ち良さに感動してしまった。アップライトに比べて連打性が高いこともこのとき初めて知ったり。僕にはそれを生かす技術も必要も無いけど…。
とにかくそんな“発見”があって、ここ最近急にグランドピアノに惹かれてた。アップライトすら置けない状況を棚に上げて…。まぁ、お金も腕も無くても、素晴らしい性能のスポーツカーを欲しいと思うのと同じだ。
で、探すと都合の良い製品を誰かが考えてるもんで、『グランフィール』と言う商品を見つけた。アップライトピアノをグランドピアノの様なタッチに変えるらしい。
これなら部屋にアップライトさえなんとか置ければグランドピアノのフィーリングを…と、更に妄想は膨らみ、今度はアップライトピアノの防音方法を探し始める。でも、防音室の設置は現実的では無いし、サイレント機能は結局電子ピアノになってしまうのが嫌な上、音漏れを気にしてずっとサイレント状態…というオチになりそうで、何か上手くアップライトピアノを生のまま防音・静音する方法は無いかな?と探していたら、これまた発見。『ナイトーン』と言う商品。サイトや動画だけだと消音性に若干怪しさを感じつつも、俄然興味が湧いてくる。
で、ここから本題。
そのナイトーン入りピアノを試弾できるところを探していたら、『ペトロフ』というチェコ製のピアノを扱う『ピアノプレップ』という正規輸入代理店が出てきた。初めて聞くブランド。ネット上では賛否が両極端。でも、150年も歴史があるメーカーだったり、材料から製造までほぼチェコ産でほとんど手作りのピアノなのに、国産より少し上くらいの価格帯で夢のまた夢…という感じでも無く(←気のせい)、本物を見てみたい気持ちが瞬時に大きくなった。で、結局我慢出来ずにその三日後、白金台にあるピアノプレップへ向かった。“白金台+外国製ピアノ専門店”という場違い感に、若干腰が引けつつ…。
(↑ペトロフの欧州のブランドらしいマーク)
都営三田線の白金台駅から徒歩7〜8分、桜田通り沿いのビルの一階にピアノプレップはあった。通り側はガラス張りのショールームで、2人の人がピアノの調整をしているのが見える。営業中なのに入り口は鍵が掛かっていたりして、ちょっと欧州の店の雰囲気だ。やっぱり微妙に敷居が高い…。
一瞬躊躇したもののここまで来て帰る選択肢は無いので、ガラスの扉をノックする。すぐに僕に気付き鍵を開けてくれた。「買う予定は当面無くて見たいだけなんですけど、お邪魔して良いですか?」と、横柄なのか低姿勢なのか解らない台詞を発すると、どうぞどうぞと。
対応してくれたのは社長の山内さん。ペトロフの説明だけでは無く、試弾と共にピアノの細かい構造や調整方法の話をしてくれたのだけど、目ウロコの話が多くてやたら驚くやら感心するやら。
まず、アップライトの一番低価格(125万円)のモデルを試弾させて貰うと、これが偉く弾き易い…いや、気持ち良い。アップライトなのになぁ〜と言う感じの驚き。素性の良いピアノをキチンと調整すると、こんなに印象違うものなのか…と。
僕はアップライトピアノはグランドピアノの廉価版と思っていたんだけど、どうも海外ではアップライトにはグランドとは違う別の良さがある…というのが共通認識らしい。これは確かにそうかもしれないと思い始める。
(↑ペトロフアップライトピアノの中)
(↑赤と緑のフェルトの厚みで鍵盤の高さと深さを調整)
(↑丁寧に調整されて綺麗に上面の高さを揃えられた鍵盤)
で、気になっていた“ナイトーン”については、感覚的に生音の10分の1くらいに感じるもんで結構驚いた。通りに面した天井の高いショールームとマンションの部屋で聴くのとでは印象が違うだろうけど、夜、部屋でTVを観ているときの音量の方が大きい気がする。まぁ(※個人の感想です)だけど。アップライトのミュート機能ってたいして音量は小さくならないんだけど、それより若干絞れるくらいかな?…とか勝手に思ってたんで、いや、これ凄いな。
それにナイトーンだとミュートした時のこもった感じがせず、音量だけが小さくなってピアノの生音らしさが残る印象。若干角は丸くなるけど。なんにしても、まるで電子ピアノで凄くボリュームを下げているかの音量なのに、それが生音というのが信じられない。
セット時にピアノ本体に加工の必要が無いのも良い。元々あるミュート用のフェルトを差し替えるだけなんで(アクションの調整は必要)、サイレント機能を後付けする時の様に「ピアノに穴を開けるのか…」と言った、ある種の後ろめたさを感じないで済む。なんか宣伝文句みたいだけど。これなら本当にマンションでも(深夜は別として)普通に弾けそう。じゃぁ、いつ部屋で原音で弾けるか?と言う、悩ましい問題は残り続けるけど。
中身は同じでボディーの材質や表面仕上げだけが違う製品も聴き比べた。これがまた、外装の違いだけなのにかなり音質が変わる。考えてみれば、アコースティックギターやそれこそバイオリンなんて材質で全然違うんだろうけど、ピアノも弦と木の楽器ということで同じなのかもしれない。…にしても、随分変わるもんで驚いた。
家具的に木材や仕上げが選べるのもペトロフの利点だけど、同じモデルでも好みの音質が選べるのは面白い。音質と外装の好みがズレると悩ましいけど。
それと、ピアノ内部の美しさにもやられる。蓋を開けて弾くことが多いグランドピアノと比べて普通は閉じたままのアップライトの内部は、もっと平板で素っ気ないイメージだったんだけど、ペトロフは機械式時計の美しいムーブメントを見ている様でグッとくる。山内さん曰く、チェコの本社工場では、地元のおばちゃんたちが昔ながらの方法で手作りしているらしい。価格帯を考えるとちょっと涙モノだ。
(↑アップライトピアノの内部)
3台置いてあったグランドピアノも全て試弾させてくれた。流石にタッチも音色も素晴らしいけど、ペトロフアップライトの気持ち良さを感じた直後だったし、グランドピアノの良さはこの圧倒的な響きがあればこそ…と改めて思う。
3台のうち1台は5年落ちの中古。購入時に象牙鍵盤に入れ替えたという贅沢な仕様で、その隣の新品と比べてわずか5年差とは思えない角の落ちた深い音色と相まって、何十年も前のオールドピアノの様な風格がある。前オーナーはペトロフのアップライトを買って気に入り、グランドピアノも欲しいと防音室まで用意したらしいんだけど、どうもそこでは吸音され過ぎるらしくてショールームで弾いた時の深い音が鳴らず、気に入っているアップライトもあるし誰か環境の良い人に持って欲しい…と、ここに戻ってきたそうで。環境的に持てても『ここには勿体無い』と言う理由で手放す人の深いピアノ愛には脱帽だけど、この音を聞くとその気持ちも解る気がする。
(↑ペトロフグランドピアノの内部)
グランドピアノの連打性の高さについて話をしてみると、「実は…」と蓋が開いているアップライトのアクション部分を指しながら、山内さんが説明を始めた。
ちなみにグランドピアノの鍵盤は一番底まで押して音を出した後、鍵盤が完全に上まで戻り切らなくても途中で押すとまた音が出るので、1秒間に最大14〜15回連続して鳴らせるらしい。ところがアップライトピアノは構造上完全に鍵盤が戻り切らないと次の音を出せない。つまりグランドピアノより連続して音を出せる間隔が長くなり、秒間6〜7回が限度みたいだ(僕には今のところこれで十分過ぎるけど)。この辺りはネットで知った話。
で、山内さん曰く、アップライトピアノで連打する場合、鍵盤を底まで押し込まず浅い部分で繰り返せば連打性が上がる…と。実際ハンマーの動きを見ながら鍵盤をゆっくり触ってみると、完全に鍵盤を底まで押し込まなくても音が出る位置がある。ギリギリそこで指を離せば鍵盤が戻る時間が短くなる訳だ。アップライトの方がある意味繊細さが必要なのかもしれない。
もうひとつアップライトピアノの機能を生かしたなテクニックがあって、3本あるペダルの左側(アップライトではソフトペダルと言うらしい)を踏むと、ハンマーと弦の距離が近付いて同じ力で弾いても音が小さく柔らかく鳴る機能なんだけど、このアクションの構造を利用して連打性を上げることもできる…と。音は少し小さくなる訳だけど、トリル(隣同志の鍵盤を交互に細かく連打する奏法)を入れるときは大抵小さい音の様な気もするので、実用上は問題無さそう。
僕がこの話で一番興味を惹かれた点は、アップライトでもグランドピアノと同じ様に音を出せるという点以上に、アップライトピアノを上手に弾きこなすためにはグランドピアノとは違ったテクニックが必要だという点。つまり海外での認識通り、アップライトはアップライトの“良さ(面白さ)”がある訳だ。僕自身が実際ここでアップライトを弾いて気持ち良かったことも含めて、グランドピアノの方が上…というイメージが完全に無くなった。
この時点でアップライトピアノ独自の奏法の方に興味が行ってしまったので、もうひとつ気になっていた“グランフィール”の件はすっかりどこかへ消え…。
店内にあったアップライトピアノのうち、一番背の高いモデルの音を聴いたときのその響きの豊かさや迫力も、僕の中のピアノヒエラルキー的なイメージを消した一件。グランドピアノの小さい奴と比べたら遜色無い…は言い過ぎかな。でもそのくらいの印象。スペースは狭くても騒音問題が無いなら、こういう背高アップライトを選ぶのも良いかもしれない。あぁ、ちょっとしたバーとかカフェに置くとか似合いそう。
山内さんは、ピアノの調整部分を試しに一箇所弄ると、その前後で音質やタッチがどう変わるかを鍵盤を押させてくれたので、その変化が想像以上に大きいことを実感できた。1つの鍵盤につき幾つも調整箇所があってそれを88鍵分やる訳だから(2〜3日掛かるらしい)、この調整でピアノの印象が相当変わるのは容易に想像がつく。いかようにも好みに合わせられるのかも…とすら思わせる。この細かい調整作業を『プレップアップ(精密調整)』と言うそうだ。
(↑わざわざグランドピアノのアクション部分を外して見せてくれた)
山内さんの経歴は店舗サイトを見てもらうとして、その経験上、これまで一部の高級ピアノを除いて、精密に調整され維持されているピアノに出会うことが少なかったそうで。ペトロフの販売を始めた今も他社製品の出張調整は頼まれることがあって、“調律”しかされて来なかったであろうものが多い…と。
実は今まで(そもそもマイナーだけど)ペトロフの評価が日本で低い理由は2つあるらしく、ひとつは、チェコが社会主義体制時代にペトロフが国営だった頃、品質に若干バラツキがあったらしいこと。もうひとつは、出荷時の時点ではまだ調整が完全ではないらしいということ。これは向こうでは、販売店側で(一人一人の好みに合わせることも含めて)しっかり最終調整をして納品するのが当たり前…という考え方がある様で、これまでペトロフピアノを納品した日本の店が、もし、工場出荷時にそれなりの品質で仕上げられている国産ピアノしか扱ったことの無い店舗だとすれば、そもそも納品前に調整する必要すら知らないのではないか?と。
山内さんがペトロフだけを扱う代理店として独立した理由は、まずはペトロフピアノのポテンシャルの高さが日本では知られていないので、これをきちんと“プレップアップ”して販売したいこと。そしてそのプレップアップ自体、どんなピアノにも必要なことを日本でも根付かせていきたい…と。本当にその真摯な姿勢には頭が下がる。
勿論ピアノプレップで納品するペトロフピアノは、全て2〜3日かけてしっかりプレップアップするらしいんだけど、その調整でピアノが満足する仕上がりになると、毎回同じ様に「今回のは良く出来たなぁ〜」と暫くニヤニヤしながらピアノを眺めているらしい。なんだか色々羨ましい。
僕は“チェコ”で思いつく製品は「シュコダ」くらい…と話すと、予想以上に山内さんにウケた。シュコダというのはチェコの古い自動車メーカーなんだけど(今はVW傘下)日本では無名なので、シュコダの名前が出てくること自体が意外だったんだろう。まぁ、そんな感じでピアノに絡めて他にも面白い話が尽きず、店を訪ねたのは閉店一時間前だったのに、三時間以上もお邪魔してしまった。おかげで、ちょっと見に行っただけなのに、店を出る頃にはすっかりペトロフとピアノプレップ、そして山内さんのファンになってしまい…。まったく困ったもんだ。